三島由紀夫は辞書が好きでした。小説家志望の女性ファンから「お勧めの本を教えて下さい」と言われて「勧められるたった一つの本は辞書だよ」と言ったそうです。
言葉で世界を表現することは魅力的です。しかし、それは悪魔の道であるのかもしれません。
辞書もそうですが、私は子供の頃は百科事典が好きでした。百科事典を読んでいると、この中に世界のすべてがあるような気がしてきます。
それでも、そうした考えは危ういものです。言葉を覚える前の赤ん坊や、言葉を失ったお年寄りは言葉の世界に生きていません。彼らは動物に似た存在だとも言えるでしょうが、言葉を持たないおかげでより豊かな世界にいるとも考えられます。
言葉を使って、言葉に捕らわれない生き方が最善の生き方ではないかと思われます。
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『古事記』によると、ホオリノミコト(山幸彦)が海神の宮で出会ったトヨタマヒメの正体は巨大なワニであったとされています。この「ワニ」については、爬虫類のワニが日本に生息していないことから、魚類のサメのことであるという説もあります。しかし、トヨタマヒメが出産時にワニの姿になり「匍匐委蛇」(腹這い、蛇のようにうねった)という『古事記』の記事を見ると、これはサメではなくワニと考えざるを得ないように思われます。因幡の白兎の話にも「ワニ」が出てきます。
「委蛇」という文字からは、57年に後漢の光武帝が倭奴国王に与えたとされる「漢委奴国王」の金印が想起されます。江戸時代に志賀島から出土したこの金印には蛇をかたどったツマミが付いています。おそらく偶然の類似でしょうが、倭の名前の由来に関係があるのかもしれません。
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松本零士の『銀河鉄道999』で星野鉄郎がたどり着いた惑星大アンドロメダは「天国とも地獄ともとれる壮大な機械化世界の首都」でした。鉄郎は機械の体を得て永遠の生命を得ようとしていましたが、旅の途中で見た機械化人たちの醜さに、次第に考えを変えてゆきます。
手塚治虫の『火の鳥』も似たテーマで、未来編では人類は地下に潜り、巨大なコンピュータの支配を受け入れます。計算通りに核戦争が起こり、山之辺マサト以外の人類は滅び、彼は孤独に人類の復活を待つことになります。
三島由紀夫は少し変わっていましたが、「日本」がなくなり、抜け目がないだけの空しい人々に埋め尽くされる未来を拒否して死んでゆきました。
やはり彼らは未来を正しく予見していたなと思わざるを得ません。グローバリズムが唯一の正義になり、あらゆる国家が崩壊し、一部の者たちが支配するディストピアが見えてきています。
これからどうなるか不安ですが、こうした表現活動は続けていこうと思います。
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