コロナは第二波の兆しを見せています。日常はいつ戻ってくるのでしょうか。それとも、もう戻らないのでしょうか。
マスクを付ける生活にも、慣れてしまいそうで怖いです。もちろんコロナに感染する方が遥かに怖いことは確かですが。
この事態は明らかに非人間的です。他人との接触を怖れるようになっては「人間」とは言えないでしょう。
考えてみると、コロナウィルス騒ぎは近代の資本主義の極限のように思えるのです。資本主義は人間を「個人」に分断し、家族も国家も崩壊させるものだからです。
安倍晋三のような末期的な総理大臣が出て、日本の国家が崩壊寸前になっているのも、第二次世界大戦の敗北のためだけではないでしょう。資本主義の大金持ちたちはあらゆる国家を敵視しています。日本を軍事占領しているアメリカも、彼らの仕掛けた暴動に苦しんでいます。
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私は子供の頃、天文学者になりたいと思っていた時期があり、天文宇宙検定1級の資格を持っていますが、今は特別な関心はありません。やはりアポロの月旅行が宣伝され、日本でも多くの宇宙アニメが放送されていた影響だったと思われます。
宇宙に興味を持つことは気宇壮大になるなど良い面もありますが、悪くすると身近なことへの関心をなくし、狂気をもたらす危険もあります。アポロについてはアメリカ合衆国による詐欺だった可能性もあり、今後も検証が必要です。
『豊饒の海』第1巻の『春の雪』三十三で清顕、本多、ジャオ・ピー、クリッサダが見上げた星空は今も広がり、この地上を見下ろしています。

それは正しく琴だった! かれらは槽の中へまぎれ込んだ四粒の砂であり、そこは果てしのない闇の世界であったが、槽の外には光りかがやく世界があって、竜角から雲角まで十三弦の弦が張られ、たとしえもなく白い指が来てこれに触れると、星の悠々たる運行の音楽が、琴をとどろかして、底の四粒の砂をゆすぶるのだった。

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当ブログは三島由紀夫について書くことで始まりました。最近では触れる機会が少なくなりましたが、やはり三島のことは周期的に私の意識に上ってきます。
遺作『豊饒の海』、中でも第三巻『暁の寺』。その十三で本多繁邦が接するヘラクレイトスの雄渾な思想は、三島が最後に辿りつきたいと願った境地と思われます。

時間も空間も超越した領域で、自我は消えさり、宇宙との合一は楽々として成り、或る神的体験の裡に、われわれはあらゆるものになるのだった。そこでは人間も自然も、鳥も獣も、風を孕んでさやぐ森林も、魚鱗をきらめかす小川も、雲を戴く山も、青い多島海も、お互いに存在の枠を外して、融和合一することができた。ヘラクレイトスが説いているのは、そのような世界であった。

本多はこの思想に或る解放を覚えながらも、その光明に盲いることを怖れ、まだ自分の感性も思想も熟していないと感じ、離れてしまうのでした。
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