病室で一人で過ごしていた重一郎は夜明けが近い頃、不思議な声を聞きます。重一郎は三人の家族を呼び集め、深夜に病院を脱出する指示を与えます。息子の一雄は黒木克己の新党結成について何も知らされず、自分が捨てられたと知ったばかりでした。
脱出に成功した四人は、自家用車のフォルクスワーゲンで神奈川県に向かいます。運転手の一雄は渋谷の雑沓を見ながら「われわれが行ってしまったら、あとに残る人間たちはどうなるんでしょう」と言いますが、重一郎は「何とかやってくさ、人間は」と答えます。
東生田で車を下りた四人は南の丘を登り始めます。行く手には蠍座や天秤座が輝いています。
「重一郎は、自分が今どこを歩いているのか、ほとんど意識も定かではなく、苦痛の堺もすぎ、喘ぐ自分の息と、乱れる脈搏だけをはっきりと聴いた
『天人五衰』で本多繁邦が月修寺へ向かう場面を思わせますが、本多と違って重一郎は一雄と暁子に支えられています。暁子が叫びます。
「来ているわ! お父様、来ているわ!」
「円丘の叢林に身を隠し、やや斜めに着陸している銀灰色の円盤が、息づくように、緑いろに、又あざやかな橙いろに、かわるがわるその下辺の光りの色を変えているのが眺められた」
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最後の第十章で、大杉重一郎は末期の胃癌で余命はいくばくもないと診断されます。医者からこのことを告げられた息子の一雄はバルコニーで泣いているのを妹の暁子に見られてしまいます。その夜、暁子は病室で父に胃癌を告知します。
翌日の夜、妻の伊余子も追い出して一人になった重一郎に、不思議なことが起こります。
「彼の脳裡からは、あれほどいきいきとしていた全人類の破滅の影像が、俄かに力を失って、ほとんど消えかけていた・・あれほど確実に死に瀕していた人類は、ふたたび、しぶとい力を得て・・いやらしい繁殖と永生の広野へむかって、雪崩れ込むように思われた」
「重一郎を置きざりにして人間が生きつづけることは、もとより彼の予見に背いた事態ではあったが、疑いもなく、白鳥座六十一番星の見えざる惑星から来た、あの不吉な宇宙人たちの陰謀に対する、重一郎の勝利を示すものでもあった」
「犠牲という観念が彼の心に浮んだ。宇宙の意志は、重一郎という一個の火星人の犠牲と引きかえに、全人類の救済を約束しており、その企図は重一郎自身には、今まで隠されていたのかもしれないのだ
三島の死後にこの文章を読むと、複雑な感慨を禁じ得ないものがあります。
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三人の白鳥座61番星人との論争は、最後はもはや論争ではなく、羽黒たち三人が重一郎を長々と罵り続ける状況になります。妻の木星人・伊余子と娘の金星人・暁子が物音に驚いて駆けつけると、すでに三人は去り、重一郎は床の上に倒れていました。重一郎はすぐに起き上がりますが、傷悴しきった様子でした。
この設定には突っ込みを入れたくなるところです。向こうは三人なのに、重一郎は家族の助けもなく一人で相手をしています。息子の水星人・一雄は政治に首を突っ込み、政治家の黒木克己の部下になって忙しい状況です。しかも自分の出世を交換条件に父が火星人であることを黒木と(黒木のブレーンになった)羽黒たちにばらしたのですから、父とは確執があったわけです。それでも家に居合わせたら、どうなったか分かりません。
伊余子と暁子はどうでしょうか。暁子はお茶を運びますが、銀行員の栗田は「お嬢さんはやっぱり人間ですね。あんな人間ばなれのした美しさは、人間に決っている」と言い、重一郎は「そうです。娘は人間です。・・そこが私とちがうところです」と応じます。重一郎はあくまで家族の秘密を守り、一人で論争に挑みます。自分が末期の胃癌だと知らなくても、半ば気づいていたのかもしれません。
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