纏向遺跡は垂仁天皇と景行天皇が都を置いたと言われる遺跡ですが、何故か邪馬台国の遺跡として宣伝されています。(纏は別の漢字のようですがご容赦願います)
報道機関の人達もこうした古代の天皇の名前は馴染みが無く、卑弥呼の方をよく知っているのだろうと思いますが、私の見るところ、この遺跡は邪馬台国ではありません。中国や韓国・朝鮮に関係する遺物が少なく、外国との繋がりが薄かったと思われるからです。邪馬台国は九州、おそらく筑後平野にあったと考えられます。
しかし卑弥呼とは関係なくても日本の建国を考える上で重要な遺跡ですから、報道機関の人達も勉強して、纏向に関する記紀の記録を紹介すべきと思われます。
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