卑弥呼については、このブログではあまり取り上げてきませんでしたが、助けて国を治めていたという「男弟」について。
「男弟」とは不思議な言葉で、弟なら男に決まっていると思うと昔はそうではなく、『古事記』でも「弟」と書いて「いろど」と読み、妹を表している例があります。しかし『三国志』で「男弟」が使われたのは他に一ヵ所しかなく、大変珍しいようです。
一方『日本書紀』全30巻で「男弟」はたった一度しか使われていません。それは第4代・懿徳天皇の皇后・天豊津媛について、ある書物では磯城県主葉江の「男弟」猪手の娘・泉媛となっていると記した箇所です。これを見ると葉江さんは女性であったと思われ、卑弥呼の可能性もあります。後継者の台与は天豊津媛か、第5代・孝昭天皇の皇后の母として出てくる「倭国の豊秋狭太媛」かもしれません。
お読み頂き、ありがとうございますm(_ _)m