『天人五衰』で不思議に思われることは、鬼頭槇子が全く登場しないことです。『暁の寺』最後近くで、槇子は(椿原夫人ではない)弟子を連れてヨーロッパに出かけますが、どうなってしまったのでしょうか。
そのままヨーロッパに移住したのかとも考えられますが、それなら本多繁邦と久松慶子の旅行で再会の場面がありそうな気がします。死んだとは書かれていませんが、誰かに転生している可能性も考えられます。
気になるのは、『暁の寺』二十七の次の文章です。
「性こそちがえ、槇子が自分と全く同じ人種に属するのを本多は覚った」
これは『天人五衰』で安永透について「内面は能うかぎり本多に似ていた」などと書かれているのを思わせます。十四では透の前世が女性であったことが示唆されていて、これとも矛盾しません。
特に注目したいのは「本多透の手記」で黒いベレー帽の老人が現れ、女の鬘のようなものを落とす場面です。私はこの場面はジン・ジャンが転生した月修寺の御附弟の剃髪を暗示すると見ますが、御附弟は飯沼勲の転生でもあるので、槇子の転生である透がその剃髪を幻視する根拠が出てきます。
私は以前、御附弟と透が双生児だった可能性に言及しましたが、それは撤回したいと思います。『暁の寺』第一部の幼いジン・ジャンの次の発言から分かるように、『豊饒の海』では双生児の精神的なつながりは認めていないと思われるからです。
「お姉様は心も体もタイ人だし、私みたいに本当は日本人だというのとはちがうの」
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