『春の雪』の主人公、松枝清顕が書き残す「夢日記」は親友の本多繁邦が譲り受け、『天人五衰』で本多の養子・透に燃やされるまで転生の謎を解く鍵となります。その中に、清顕が自分の柩(ひつぎ)を見る夢があります。
『春の雪』二に出てくるこの夢を、本多は『奔馬』二で思い出します。「清顕の横たわる白木の柩が置かれ、それを彼自身の霊が中空に漂って見下ろしている(ただし『春の雪』によると、柩は釘付けられて中は見えない)」夢は一年半後に実現しましたが、「柩に縋(すが)って歔欷(きょき)していた富士額の女」(聡子?)は、清顕の葬儀に現れませんでした。
『天人五衰』で久松慶子が本多透に転生の秘密を教える場面で、慶子は透に清顕の夢日記を読むように勧め、そこに書かれた夢はみんな実現された、と言います。もちろん本多から聞いたのでしょうが、本多は柩の夢も当たったと考えていたのでしょうか。
清顕は自分が次に転生する飯沼勲の柩と、それにすがって泣く鬼頭槇子を夢に見たのではないかと思われます。槇子は勲の出所祝いには来ませんでしたが、葬儀には確実に来たでしょう(恐らく内心喜んで)。勲の死を悼む美しい挽歌を詠み、歌碑さえ建てたかもしれません。
槇子はその後、1948年に勲の十五年祭で本多と再会し、交遊を復活することになります。
お読みいただき、ありがとうございますm(_ _)m