滝の下で飯沼勲に会った本多繁邦は、勲が松枝清顕の転生であろうと思いながらも、まだ確信が持てないでいました。そんな中、飯沼茂之の誘いで山梨県に出かけた本多は、また不思議な体験をします。
そこで行われた錬成会で先生に叱られた勲は猟銃を持って山に入り、雉を撃ち落としてしまいます。追いかけた茂之と本多たちは帰ってくる勲と出会いました。茂之は勲の頭上で幣を振り、勲に言いました。
「お前は荒ぶる神だ。それにちがいない」
それは19年前、清顕の夢日記に書かれた光景そのままでした。清顕は1913年の夏、本多とシャム(タイ)の王子二人、合計四人で鎌倉の別荘で夏休みを過ごしながら、聡子との禁断の恋を続けていました。
三島由紀夫は『春の雪』は和魂(にぎみたま)、『奔馬』は荒魂(あらみたま)だと解説しましたが、この夏の清顕の心は荒魂に近かったように思われます。
この夢を見る前の章で、清顕たち四人は夏の星座を見上げています。「本多が知っている星の名は少なかったが、それでも銀河をさしはさむ牽牛織女や(中略)白鳥座の北十字星はすぐ見分けられた」
牽牛付近は西洋の星座では鷲座、織女付近は琴座ですが、アラビア人は牽牛と織女を戦う二羽の鷲と見て、牽牛を真ん中に一直線に並ぶ三星は戦いに勝って飛ぶ鷲(アルタイル)、織女を真ん中にした三角形は敗れて落ちる鷲(ヴェガ)と見ました。清顕の中ではこのヴェガ=織女が聡子と重なっていたかもしれません。
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