第二巻『奔馬』十八で、北一輝の名前が登場します。飯沼勲が同志を集めるに当たって、彼の著書を愛読する青年は「勲の求める同志」ではないというのです。
「北一輝の『日本国家改造法案大綱』は、一部学生の間にひそかに読まれていたが、勲はその本に何か悪魔的な傲りの匂いを嗅ぎ取った」
野口武彦氏の論文『三島由紀夫と北一輝』(『文學界』1983年4月号)によると、三島は当初、第二巻の主人公として「北一輝の息子」を予定していたといいます。
私は北一輝という人物や政治思想にそれほど興味は感じませんが、この大それた人名には多少興味を持ちます。彼の本名は北輝次郎(きた・てるじろう)と言い、中国革命に参加してからこう名乗ったようですが、「北に一つ輝く」と聞けば、特に星好きでなくても北極星を連想するでしょう。
中国では古くから天の北極を「天皇大帝」と呼び、これが日本の天皇の称号の起源だという説もあります。北はまさか自分が天皇になろうとは思っていなかったでしょうが、中国では王朝交代は普通にあって、アピールが上手ければ誰でも皇帝になれます。飯沼勲は(三島由紀夫もそうでしょうが)思想以前に、この名前に「悪魔的な傲り」を感じたのではないかと思います。
それが勲をして
「犬馬の恋、螻蟻の忠から隔たることはなはだ遠い」
と思わしめたのでしょう。
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