三島由紀夫は1953年に『ラディゲの死』という短編を書いています。レイモン・ラディゲは1923年に20歳で死んだフランスの小説家ですが、三島は堀口大學が訳したラディゲの小説を愛読したようです。
ジャン・コクトーはラディゲが発病したとき、こう言います。
「二十歳で君が『舞踏会』を書いたということは(中略)生命へのおそろしい反逆でもあるんだよ」
三島にとっては『豊饒の海』が『ドルジェル伯の舞踏会』だったのでしょうか。
三島は『天人五衰』を書いた後、『奔馬』の飯沼勲のように自決しました。しかし『暁の寺』こそが運命の作品だったように思われます。
コクトーはラディゲにこうも言いました。
「君は二十歳で『舞踏会』を書いたことでこの平衡を破った。(中略)しかも『舞踏会』それ自体が、完全な平衡を保った作品だということは何たる皮肉だ」
なお『ラディゲの死』の冒頭には次のように書かれています。
「これは、真らしいいつわりの自伝である。レイモン・ラディゲ」
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