三島由紀夫の晩年の作品で『命売ります』というのがあります。これは1968年(昭和43年)5月から10月まで「週刊プレイボーイ」に連載された小説で、軽い娯楽小説と見なされていますが、井上隆史氏はこの小説の主人公・山田羽仁男(コピーライター)の自殺企図の動機に注目し、三島にとって決して小さいとはいえない意味を持つ作品であると述べています。
ある日、羽仁男が不精な恰好で夕刊を読んでいると、内側のページがズルズルとテーブルの下へ落ちてしまい、かがんでテーブルの下へ手を伸ばした羽仁男はとんでもないものを見てしまいます。
「落ちた新聞の上で、ゴキブリがじっとしている。そして彼が手をのばすと同時に、そのつやつやしたマホガニー色の虫が、すごい勢いで逃げ出して、新聞の、活字の間に紛れ込んでしまったのだ。
彼はそれでもようよう新聞を拾い上げ、さっきから読んでいたページをテーブルに置いて、拾ったページへ目をとおした。すると読もうとする活字がみんなゴキブリになってしまう。読もうとすると、その活字が、いやにテラテラした赤黒い背中を見せて逃げてしまう。
『ああ、世の中はこんな仕組になってるんだな』
それが突然わかった。わかったら、むしょうに死にたくなってしまったのである」
これは『金閣寺』の性的不能体験や『鏡子の家』の青木ヶ原樹海体験を思わせるものがありますが、物語は意外な展開を見せます。
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