『命売ります』の主人公・山田羽仁男はACS(アジア・コンフィデンシャル・サーヴィス)に追跡され、拉致監禁されてしまいますが、機転をきかせて脱走し、警察に駆け込みます。ところが警察は羽仁男の話を被害妄想と見なして相手にしません。
「一人ぼっちでヘンな妄想を起して、警察へ駆け込んで、被害を訴える。そんな男はめずらしくないさ。君一人だと思ったら大まちがいだよ」
「そうですか。そんなら立派な犯罪者扱いをして下さい。僕は不道徳な商売をしていたんです。命を売っていたんですよ」
「はあ、命をね。そりゃ御苦労様なこった。しかし命を売るのは君の勝手だよ。別に刑法で禁じてはいないからね。犯人になるのは、命を買って悪用しようとした人間のほうだ(後略)」
こうして羽仁男は外につき出されます。
「すばらしい星空で、署の前には、警官相手の呑み屋の二三の赤い提灯が、暗い露路の奥にゆらめいているだけだった。(中略)星を見上げると、星はにじんで、幾多の星が一つになった」
これは『天人五衰』で本多の訴えが聡子に妄想として退けられ、夏の日ざかりの庭を見せられる場面に似たものがあります。『命売ります』の連載終了は昭和43年10月で、何かの参考になるかもしれません。
お読みいただき、ありがとうございますm(_ _)m