「私は大体約束をよく守るタチですが、それをあんまり自慢できることとも思っていません。約束にキチンキチンとしばられるなどということは、人物の器量の小さい証拠で、社会の一歯車にすぎない証拠ともいえます」
このように『約束を守るなかれ』は始まっています。『美しい星』にも人間の美点の一つとして「彼らは約束の時間にしばしば遅れた」というのが挙げられていますが、三島自身はストイックなほど時間をよく守る人だったと言われています。
この矛盾については、次の説明が当てはまりそうです。
「大銀行が約束を破れば、取付さわぎになって、経済は混乱するし、又一方、室町時代の徳政令のように、政府が「借金棒引」のお布令を出せば、政府は一文も出さずに人民の信望をかち得ます。つまり「約束を守る」ということは、社会がしょっちゅう気をつけている健康な状態のことで、「約束を破る」ことは、社会がいっちかばっちかのとき使う毒性の強い劇薬のようなものです。このごろの政府のように、しょっちゅう公約を破ってばかりいては、いざという時キキメがありません」
三島は市ヶ谷の最期のとき、『豊饒の海』の完成を除いて全ての約束を破ってしまいました。まさに「いざという時」だったのでしょう。
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