「たいていの気取ったエチケット講座には、洋食の作法として、「スープは決して音を立てて吸ってはいけません」などと、おごそかに戒めています」
そう言えば私の父母も、洋食の作法をほとんど私に教えられなかったと言って心配していた時期がありました。結局、私はそんな世界と無縁だったので、全くの杞憂に終わったのですが。
「エチケット講座の担当者たちを見ればわかりますが、彼らは私にとって格段尊敬すべき人たちとも思えません。洋食作法を知っていたって、別段品性や思想が向上するわけはないのですが、こんなものに影響を受けた女性は、スープを音を立てて吸う男を、頭から野蛮人と決めてしまいます。それなら、あんなフォークやナイフという凶器で食事をする人は、みんな野蛮人ではないでしょうか?」
まあ、日本人も料理では包丁という凶器を使いますが・・
さらに三島は「本講座の優秀な聴講生」なるN子が、恋人のS青年がレストランで破廉恥な音を立ててスープをすするのを誇りに思っていたという話をします。いろいろ愉快な話がありますが、「交番という交番の前へ行って帽子を脱いで丁寧に最敬礼をして、何も言わずに引き返してきたので、すっかりお巡りに気味悪がられて共産党の新戦術かと誤解されました」
S青年は結局、精神病院に入れられてしまい、N子は「狼を柵の中へ追い込んでしまった羊の大群の威力」に気がつきます。せいぜいスープを音を立てて吸うぐらいでやめておけば良かった。ここでも精神医療の社会的位置の変化が窺われますが、三島は芸術家には反骨精神が必要だと言いたいのだと思われます。
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