『癩(らい)王のテラス』は三島由紀夫の最後の戯曲で重要な作品ですが、出版禁止になったとかで、決定版三島由紀夫全集(第25巻、戯曲5)でしか読むことが出来ません。これはとても残念なことですが、歴史的な経緯で仕方ないのかもしれません。『豊饒の海』のような文庫4冊にもなる長編ではなく、100頁に満たない短編なので、図書館で探して読んでみられてはどうかと思います。癩病に侵されながらカンボジアのアンコール遺跡のバイヨン寺院を建設した王、ジャヤ・ヴァルマン7世の生涯が劇的に描かれています。
『豊饒の海』でも『暁の寺』第一部、本多繁邦のベナレス訪問で白癩の巡礼者が出てきますし、『天人五衰』で本多は久松慶子に「印度へ行ったときから、私はまぎれもない『精神の癩者』になった」と話しています。三島にとって「癩」は象徴的な意味を持っていたようです。
『癩王のテラス』の最後での「精神」と「肉体」の対決、「肉体」の勝利は、『暁の寺』第一部の「阿頼耶識」と「世界(迷界)」の解説に対応しているように思われます。普通は「精神」が永遠で肉体は有限と考えられているので、三島はあえて逆の考え方を示したと思うのです。三島の真意は精神と肉体は同等の価値を持つということではないか。
『暁の寺』の唯識論でも、唯識というくらいですから「阿頼耶識」が全てだと考えがちですが、三島は「阿頼耶識」と「迷界としての世界」は相互に依拠しており、互いに因となり果となると言っています。世界が存在することで、初めて人は悟りへの道が開けるからです。
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