前回は三島由紀夫の最後の戯曲を取り上げましたが、これから私が直ちに連想したのが稲垣足穂の『黄漠奇聞』でした。こちらは純然たるおとぎ話ですが、砂漠に絢爛たる大理石の都「バブルクンド」を建設した「流星王」の物語です。1980年代のバブル景気のような名前ですが、この作品が最初に書かれたのは1923年(大正12年)です。足穂らしく何度も書き直されていますが大筋は変わりません。
星を祭らず、神々の都サアダスリオンを真似てバブルクンドを建設した王はある宵、都の旗じるしを超然と見下ろす西空の新月を悪魔と見なし、月に向ってつるぎを投げました。王は部下に命じて新月と同様の光を放つ旗じるしを作らせようとしますが、誰も作ることは出来ず、部下は次々と殺されます。王はついに騎馬隊を率いて西空の新月に向って飛弾のような突貫を開始し、岩山の頂上から渓谷に下ろうとした月を岩肌に落とし、青銅の小箱に月をおさめました。
一隊は凱歌にまかしてもと来た道を引き返しますが、不思議なことに何日経っても、どこまで進んでもバブルクンドは見えません。馬が倒れ、人が倒れ、骸骨めく一匹の馬を曳いた王と三名の家来がついに、夕方の向うに白い大理石を見つけます。それはバブルクンドではなく、かつてバブルクンドだった廃墟でした。王が馬の背から青銅の箱を下そうとすると箱は落ち、ふたが開き、三日月の形に残っていた赤い灰が煙となって立昇りました。前に眺めた新月が爽やかな姿をかかげ、天か地の底か、山崩れに似た笑い声が聞こえました。
「その一夜に数千年の時が流れた。夜が明けた時、もはやそこには白い大理石の一片すら見出されない。(中略)早くからキャンプをたたんだダンセーニ大尉と私が加わっている自動車隊が、毛虫式車体の影を桃色の朝日に照らされた砂上に長く引きながら、その日の旅に出発を始めた。晴朗な星座の下に張った天幕の中に私が眠ったその夜もすがら、カシリナ沙漠の砂を吹く風のささやきに伝えられた、それは太古の物語であった」
異国情緒ながら、かぐや姫や浦島太郎を思わせる奇妙なお話でした。
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