三島由紀夫文学論集(虫明亜呂無編)Ⅰは『太陽と鉄』で始まります。私はその最後の「エピロオグ-F104」の冒頭の文章に魅かれました。

私には地球を取り巻く巨きな巨きな蛇の環が見えはじめた。すべての対極性を、われとわが尾を嚥みつづけることによって鎮める蛇。すべての相反性に対する嘲笑をひびかせている最終の巨大な蛇。私にはその姿が見えはじめた。

三島が超音速ジェット戦闘機の急上昇で見たこの「蛇」は何だったのでしょうね。だいぶ前の投稿で宮沢賢治の『星めぐりの歌』を取り上げて、「ひかりのへびのとぐろ」が銀河=天の川ではないかと解釈したことがありましたが、何故かそれを思い出します。エピロオグの前の文章では「文武両道」と表現される分裂の葛藤が語られていますが、それが統一されるということでしょうか。
エピロオグの後に付された『イカロス』という詩は、檄文とは違う三島のもう一つの遺言のように読めます。

飛翔は合理的に計算され
何一つ狂おしいものはない筈なのに
何故かくも昇天の欲望は
それ自体が狂気に似ているのか?

自分が何に属するかを性急に知りたがり
あるいはすべてを知ったと傲り
未知へ
あるいは既知へ
いずれも一点の青い表象へ
私が飛び翔とうとした罪の懲罰に?

「もう待てぬ」と言って自決した三島ですが、一方で「性急」だったという思いもあったのでしょうか。
立花隆の『宇宙からの帰還』でも、宇宙体験が飛行士に及ぼす影響を考えさせられましたが、三島の場合も症例の一つとして見ることが出来るかもしれません。
お読みいただき、ありがとうございますm(_ _)m