「六国史」で日本書紀に続く『続日本紀』は第42代文武天皇の即位から第50代桓武天皇の途中までを扱いますが、第43代元明天皇の和銅6年(713年)には「各国・郡・郷の名を好ましい字で表記せよ」という命令が出されています。「好字(二字)令」と言われるもので、現在の和歌山県にほぼ該当する「木国(きのくに)」が「紀伊国」と改められるなど、全国で表記の変更が相次いで行われました。
文武天皇の慶雲元年(704年)には粟田真人ら大宝の遣唐使が帰国した記事があり、この遣唐使が「倭国」から「日本国」への変更を伝えたことが分かります。小池清治氏が「日本語は悪魔の言語か?」という著書で指摘しましたが、この国名変更と好字令は関連しているように思われます。
日本の国名変更については、中国の10世紀の『旧唐書』では「日本国は倭国の別種なり。その国日辺にあるを以て、故に日本を以て名となす。あるいはいう、倭国自らその名の雅ならざるを悪み、改めて日本となすと。あるいはいう、日本は旧小国、倭国の地を併せたりと」と三つの説を併記しています。
11世紀の『新唐書』では「夏音を習い、倭の名を悪み、更めて日本と号す。使者自ら言う、国日の出ずる所に近し、以に名となすと。あるいはいう、日本は乃ち小国、倭のあわす所となる、故にその号を冒せりと」と、こちらも併記の形になっています。
14世紀の『宋史』では「日本国は本の倭奴国なり。自らその国日出ずる所に近きを以て、故に日本を以て名となす。あるいはいう、その旧名を悪みこれを改むるなりと」となり、日本は倭奴国から連続しているととらえています。
朝鮮半島の史書では、12世紀の『三国史記』新羅本紀の文武王10年(670年)に「倭国が国号を日本と改めた」という記事がありますが、井上秀雄氏は「新唐書を誤読したもので、703年の出来事を670年と勘違いしたものだろう」と推測されています。
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