林房雄『天皇の起原』第九章「三島由紀夫の天皇観」では、学生の質問に答える三島の発言が引用されています。

手塚治虫の漫画なんか見ると、あたかも人民闘争があって、奴隷制があって、神武天皇という奴隷の酋長がいて、奴隷を抑圧して国家をつくったように書いてあるが、あなたは手塚治虫の漫画を読みすぎたんだ。これはこのごろの子供に読ませるための共産主義者の宣伝で、単純な頭にわかりやすく漫画でかいてある。

この発言は『火の鳥・黎明編』で(神武天皇でなく)ニニギの尊が邪馬台国を征服する騎馬民族の首長として描かれていたことを指すのでしょう。1978年には市川崑の映画にもなりましたが、この映画ではニニギが「ジンギ」と変えられていて当惑した記憶があります。神武天皇と合体させたみたいな名前ですが、ニニギより発音しやすいのと、征服者のイメージに合わせるための改変だったように思われます。
「併録:神武天皇実在論」では古代アンデスへの探検旅行の思い出が語られ、林房雄の所感が述べられます。

私が帰国した後にも、ボリビアには何度か革命が起こっている。ポンセ君はそのたびにシャベルを捨て武器をとったことであろう。アルゼンチンやメキシコから来たというカストロ髭の若い学者たちも、実はカストロやゲバラの秘密の同志であったかもしれない、とそんな空想もしてみたくなる。ポンセ夫妻は今も無事であろうか。
これも帰国後の感想であるが、たしかに日本の正統派考古学者たちは「客観的」で、左派の歴史家たちが考古学の成果を、日本の伝統と歴史の破壊のために勝手に利用するのを傍観しているように見える。考古学も歴史学もそれぞれの民族と祖国への愛情に支えられることなしには成立し得ない学問である。このような考え方は、戦後の日本では通用しにくいかもしれぬが、考古学すなわち国学であり、若い学者や芸術家のほとんどすべてが祖国復興の行動者・闘士であるというメキシコやペルーやボリビアの例があることを忘れてはなるまい。

いろいろ考えさせられる本です。
お読みいただき、ありがとうございますm(_ _)m