三島由紀夫が批判した手塚治虫の『火の鳥』ですが、『復活編』では瀕死の重傷を負い、人体の60パーセントを機械部品化されて生き残る青年とロボットとの恋愛が扱われています。
この漫画は高校生の頃に読みましたが、不快感というより違和感がありました。大学では科学史家の村上陽一郎先生が駒場におられて、講義を受けていました。ある週の講義で次のように言われました。
「私は数年に一度、試験に出す問題があるんですよ。今年がその年に当たっているかどうかは知りませんけど・・あなたの恋人がロボットだと分かった場合、あなたはどうしますか?」
結局、そのような問題は出ませんでした。村上先生がその週の講義で言われたのは、科学哲学者の中村秀吉氏が『パラドックス・論理分析への招待』という著書の第四章のタイトルにつけられた「他人の心の問題」です。

人間も物質からできている。ただその構成がまだよくわかっていないというにすぎない。そうしたらそれが精神をもつということはどうしていえるのか。それはやはり複雑な機械にしかすぎないのではないか。人間が意識をもつにしても、それを知っているのは自分についてだけである。他人は自分に似た外形をもち、自分に似た音声を発し、挙動をするにすぎない。そのようなものに意義があることは、原理的に知ることができない。それゆえ他人の心は否定される。しかし常識はもちろん他人の心を認める。これが他我のパラドックスである。

中村氏は章の最後で、このパラドックスの解決は「問題は相手を人間として理解するにはどうしたらよいか、ということである」と述べ「たんにその人を観察するのではなく、交流・付き合いが必要である。共同生活を行って同類、仲間とみるからこそ、自分と同様な心的状態をもつと考え、同じカテゴリーを当てはめるのである」とします。
うがった見方をすると「人間」でなく、動物やロボットであっても「同類、仲間」であれば「心をもつ」ということかもしれません。
お読みいただき、ありがとうございますm(_ _)m