養老孟司氏の『身体の文学史』は面白い本です。日本の近代文学全般を扱っていますが、あとがきによると「この『身体の文学史』での私の意図の一つは、三島事件とはなんだったのかを考えることだった」ということです。
1956年の第1回「中央公論」新人賞を得た深沢七郎の『楢山節考』は問題作でした。審査員の一人だった三島由紀夫はこの作品は「怖い」と言いました。

三島はゆうべは怖い小説を読まされて、眠れなかったと言う。選評でも、耐えがたく怖いと述べる。そこに歴然と表われるのは、深沢七郎の世界ではなく、むしろ三島が住む世界である。いったい三島は『楢山節考』のどこを評価したのか。評価がはっきり意識化されていないように思われる。ホラー小説の選考ではあるまいし、ただ「怖い」ではなんとも要領を得ない。

三島は養老孟司氏が言うところの「脳化社会」(都市)の人間です。それに対して深沢は、都会暮らしも経験しましたが、本質は山村の人間です。天皇制以前、おそらく縄文時代にまで遡り、日本人の無意識を占めている世界でしょう。その世界は日本の近代文学では排除されてきたものです。
同じく中央公論新人賞の審査員だった伊藤整は次のように述べました。

近代文学の中での人間の考え方ばかりが、必ずしもほんとうの人間の考え方とは限らない。・・僕ら日本人が何千年もの間続けてきた生き方がこの中にはある。ぼくらの血がこれを読んで騒ぐのは当然だという感じがする。

私は『楢山節考』を図書館で読み、姥捨て山の話は怖いなと思いましたが、眠れないというほどではありませんでした。都市では「自然」は排除されますが、農村では自然と向き合って生きなければなりません。日本の近代文学で排除されてきた「自然」は、また「身体」でもあります。
三島由紀夫は蛙の鳴き声を聞いても、その鳴き声が蛙だと分からず「あれは何の声だ?」と尋ねたという話があります。そんな三島も晩年には「自然」に目覚め、自衛隊の演習で富士山の周辺を走破したり、ボディビルに凝ったりしたという見方も出来そうです。そして最後は「切腹」という形に至ったのかもしれません。
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