https://youtu.be/BSnnnXDoveI
革命歌『インターナショナル』中国語版です。中国共産党、中華人民共和国でよく歌われる歌です。左翼嫌い・共産党嫌いでも、この曲の壮大な美しさは認める人が多いのではないでしょうか。私にとって、この歌は懐かしい歌です。私は大学で第二外国語として中国語を選択しました。ほとんど忘れましたが、この歌は(発音はデタラメなジャパニーズ・チャイニーズですが)完璧に覚えています。
それにしてもなぜ中国語を選択したのか、今となっては不思議です。普通はドイツ語かフランス語だと思いますが、大アジア主義の意識があったのかもしれません。当時の東京大学ではドイツ語・フランス語・中国語・ロシア語と四つの選択肢があり、私も現役の年はドイツ語を選びましたが、一浪の年は中国語を選んでしまいました。もっとも外国語を学びたい人は三語(第三外国語)をいくつでも選べますが、私にそんな気力はありませんでした。
大学生の「五月病」はよく言われますが、私の場合、十一月の駒場祭までは結構楽しくやっていました。それから徐々に無気力になり、本郷の進学先を決める段階では行きたいところがありませんでした。結局は文学部の国文科に進学したのですが、症状が悪化してゆく自覚があったので、本郷で留年した頃からカウンセリングを受けるようになり、8年かかって卒業するまで続きました。
もともと私は理科系志望で、高校時代に無理強いされて文科系に行かされたという意識がありました。駒場でも数学や科学史を選択していました。いま思い出すと理科系もブルーバックス的な興味で、学問に情熱があったとも思えません。それでも普通の人は適当にうまくやってゆくのでしょうが、どうも私の場合、それが出来なかったようです。
国文科に進学したのも、特に国文学に興味があったわけではありません。当時は三島由紀夫も読んでいませんでした。子供の頃に野尻抱影や草下英明の星座の本をよく読んでいて、草下と親しかった稲垣足穂を知り、足穂から三島由紀夫を知ったという順序です。
一方で日本の古代史や日米戦争の本もよく読み、子供の頃から歴代天皇の名前を覚え、アメリカ軍の日本支配に腹を立てていました。三つ子の魂百までもと言う通り、今とあまり変わらないようです。
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