この本を草思社文庫で読みました。佐藤昭子さんのことが324頁に2行しか出てこないのは残念ですが(笑)まず、プロローグ22~23頁から引用します。

しばしば、田中は資源を求めて動き回った外交で「アメリカの虎の尾」を踏み、ロッキード事件を仕掛けられたといわれる。資源外交とロッキード事件をつなぐ物証はなく、陰謀論の域を出ない。ただ74年1月のインドネシアでの反田中暴動は明らかに仕組まれたものだった。背景には石油利権が見え隠れしている。

この事件は私も鮮烈に覚えており、私の世界観に影響したと思います。中日新聞は「ジャカルタで反日暴動、日本車200台に放火」と大見出しをつけて報じました。山岡氏は現地でのインタビューを通じ、「政権への抗議活動が、ある日、いきなり反田中暴動へとエスカレート」した背景を照らし出しています。
その前年(1973年)の11月、アラブ諸国とイスラエルが戦った第4次中東戦争、アラブ産油国の戦略による石油ショックの中でアメリカのキッシンジャー国務長官が来日し、角栄と会談しました。
「仮に日本がアメリカと同じような姿勢を続け、禁輸措置を受けたら、アメリカは日本に石油を回してくれるのか」という角栄の問いかけにキッシンジャーは「それはできない」と答えます。日本はアメリカとイスラエルの盾になって死んでくれというに等しい侮辱です。角栄は伝えました。
「なんらかの形でアラブの大義に共感を表す必要がある。日本は独自の外交方針をとるしかない」(210頁)
彼はこれを実行しました。
角栄の資源戦争のもうひとつの柱は原子力でした。1973年9月27日、パリでフランスのメスメル首相と会談した角栄は「ウラン濃縮加工の発注」を決断し、「アメリカの核の傘」の外へ跳びました。翌日の朝日新聞は「日本がフランスに濃縮ウランの委託加工を依存することは、米国の核支配をくつがえすことをねらったフランスの原子力政策を一段と推進するばかりか、米国の核燃料独占供給体制の一角が崩れることを意味し、世界的に与える影響は極めて大きい」と解説しました(191~195頁)。
言うまでもなく、原子力は人類と共存は出来ません。山岡氏は2011年の福島原発事故で対応に当たった菅直人元首相にもインタビューしています。

現場の人が懸命に取り組んでくれたので、3000万人避難という最悪のシナリオは紙一重で回避できました。でも、なぜ炉内に水が入るようになったのか、実は正確な理由はわかりません。一応、ベントで炉内の圧力が下がって水が入ったことになっていますが、メルトダウンして、炉のどこかに穴が開いて圧力が下がった可能性もある。わからない。だから紙一重。崖っぷちで、たまたまいい方向に転んで、3000万人避難が回避されたんです。(371頁)

アメリカは角栄以後、日本への同化圧力を強め、在日米軍の忠犬のような安倍首相のもとで日本の荒廃は深まっています。しかしアメリカのトランプ、韓国の文在寅政権で新しい流れが出てきました。山岡氏は377頁で「日本は、どこへ向かって進めばいいのか。エネルギー資源は、ひとり一人が「生活」を通して未来を考える大切な手がかりである」と締めくくっています。
お読みいただき、ありがとうございますm(_ _)m