私の人格形成に大きく影響しているのは母と妹と(父方の)祖母です。父親の影響は希薄だったように思われます。父は現役時代は「こわい教師」で通っていましたし、私も激しい体罰(暴力)を受けたこともありますが、それでも存在感は希薄です。引退後は私や母の前でもよく泣くようになりました。中学校の校長まで務めて、昨年に勲章をもらったようです。賞状には安倍晋三の名前が大きく入っています。
母については、ほとんど精神的母子相姦状態だったと言ってよいでしょう。肉体的には皆無ですが。仕事をしに行くにも母の言いなりで、職場の人間関係のことまで母にすべて報告していました。休みには母を連れて(というより母に連れられて)ドライブに出掛けました。さすがに母は自動車の助手席に座ることはなく、いつも後部座席でしたが。1999年以後は大学時代以来9年ぶりにアパートで一人暮らしを始めましたが、数年前までは毎週実家に帰り、下着の洗濯も母にしてもらっていました。それ以後は自分でするようになり、実家帰りも月1、2回に減らしました。このブログを始めたのもその頃です。母は左翼崩れの詩人でもあり、難解な詩を書いていました。魯迅のファンで、私はよく「阿Q!」と罵られました。
妹は私より3歳年下で、お世辞にも仲が良かったとは言えません。妹は両親に反発して、もっと「普通の」生き方がしたいようでした。私が東京に行った後、地元の短大を出て勤めていましたが、私を含めた家族との関係は徐々に悪くなり、やがて絶縁状態になりました。二十数年間、音信不通になっています。
父方の祖母は私が高校生の時に亡くなりました。同居はしていませんでしたが、同じ集落に住んでいて、子供の頃はずいぶん可愛がられた覚えがあります。母と違って上品ぶる様子は全くなく、田舎の老婆という感じの人でした。祖父はもっと早く、私が小学校に行く前に亡くなりました。父や母の話によると、祖父も私を可愛がったそうですが、私の記憶には残っていません。しかし、私はその祖父にとてもよく似ているのだそうです。祖父は勉強はよく出来ましたが、家が貧しかったので進学は出来ず、ずっと農業をしていました。祖母は行商をして家計を支え、父を含めた4人の息子を大学に行かせたそうです。
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