寺山修司は『「継子譚」の地平』で、自分の過去を語り「私はまんまと母の術中に陥っていた」と告白します。

こうした民話(むがしこ)は、母によって語られるというのが普通だった。母は米ぶきがまま母にいじめられる話をしたあとで決まって、「母ちゃんがまま母でなくて、よかったろ」と言うのだった。実際、まま子いじめの民話は、実の母の有り難味を教えるために存在しているかのようであった。私は「まま母」を恐れ、実の母がいつまでも私のそばにいてくれるようにと願った。
ときどき夜半に、びっしょりと汗をかいて目を覚まし、隣に寝ている母をしみじみと眺めながら、
「この人が、ほんとうにぼくの実の母なのだろうか。もしかしたら、どこかに実の母がいて、この人は実の母に化けたまま母なのではなかろうか?」
と思うこともあった。
だが、今から思えば子供の私は、まんまと母の術中に陥っていたのである。現実には、まま子いじめをする「まま母」など、めったにいない。まま母にも(実の母よりも)心やさしい人もいる、のである。

寺山は日本の「継子譚」を『シンデレラ』と比較して、日本の民話の閉鎖性を指摘します。

日本の民話にあっては、「家」の惨劇は、あくまでも家の中で決着をつけられる。(中略)「家」の構成員は固定的であり、その関係は宿命的でさえある。そのなかで、母は子を愛し、同時に食いつくす。
バリバリと音をたてて、子を食う母
という場合の母は、「まま母」ではなく、実の母なのだ。

私にとっても他人事ではありません。母との関係は今でも解決していないからです。

「寝た子」は、従順な子、母の言いなりになる子であり、「起きて泣く子」は、自らの立場を主張する子だ。すべて、子は成長すると「起きて泣く子」になり、母の存在を客体化し、乳離れしてゆくのである。
しかし、母性愛は「わが子をいつまでも引きとめておきたい」というエゴイズムによって、残酷な「継子譚」を考え出す。

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