最近、養老孟司氏の本を何冊か読み、氏の考え方は面白いと思いました。
氏は都会を「脳化社会」と呼びます。なるほど、田舎が首から下の身体であるならば、都会は脳に当たると言えそうです。
養老氏は中世に深い関心を寄せています。鎌倉・室町時代は南北朝・戦国の戦乱の時代で「死」が剥き出しになっていました。弥生時代も戦乱の時代です。明治維新以後、日本は欧米と一緒になってアジア太平洋を侵略しましたが、この構図は戦後も変わっていません。それでも国内は平和で、都会化が進みました。
都会では「自然」は排除されます。すべてが人工物で、整然と秩序づけられ、制度化されます。すべては言葉で説明され、お金に換算されるように見えます。
「自然」が排除されるように、都会では「子供」も排除されます。子供は自然だからです。養老氏がお好きな虫たちも排除されます。
昔を思い出してみると、私も子供の頃は虫が好きでした。カブトムシよりクワガタムシが好きでした。噛まれると大変ですが。晴れた日に虫眼鏡で蟻を焼き殺したり、残酷なこともしました。
現代は都会化、情報化が極限まで進み、ますます進んでいくように見えます。それでも「脳」は根本的に無知で、すべてを知っているように見えて実は何も知らないのです。
人はわけもわからずに生まれます。「生まれる」という動詞は本来、「生む」の受身です。日本語では受身の意識はほぼなくなっていますが、英語でははっきりと受動態です。
そして人はわけもわからずに死にます。空海が面白い詩を残しています。

生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く
死に死に死に死んで死の終りに冥し

混沌が本来の姿であり、秩序は仮の姿なのでしょう。「生」も秩序であり、システムであると考えられます。
お読み頂き、ありがとうございますm(_ _)m