働き始めて二週間が過ぎました。工事現場で働く人々を毎日見て、話もするようになりました。私は一日ずっと道路を監視して、旗振りや通信をしていますが、三島由紀夫の『天人五衰』二十五で、本多繁邦が養子の透と共に港を訪れる場面を思い出しました。

本多は息子も知らぬことに満足して、荷役の男たちの呼び交わす叫喚に耳を傾け、生涯に自ら決して携わることのなかった労働をしみじみと眺めた。
(中略)額に汗して荷役に従事する沖仲仕たちの、目にも見え絵にも描かれる労働のさまを見ると、本多は決して「良心的な」負け目などは感じなかったけれども、自分の生涯に対する隔靴掻痒の感に悩まされ、目に見える風景や事物や人体の動きのすべてが、自分が接しそこから利得を得た現実そのものであるよりも、何か見えない現実とそこから利得を得ている見えない人間との間に介在して、不断にその双方を嘲笑している不透明な壁、生の匂いのきつい油絵具で隅々まで塗られ描かれた壁のように思われた。しかもその油絵具の壁画に溌剌と姿を現わす人間は、実はもっとも窮屈に機構にとらわれ、他人の支配に屈しているのである。本多は自分がそんな被支配の不透明な存在でありたいと望んだことはなかったが、船のように生と存在にしっかり錨を下ろしているのは、彼らのほうであることも疑いを容れなかった。思えば社会は、何らかの犠牲に対してしか対価を払わない。生と存在感を犠牲にすることが大きいほど、知性はたっぷりと支払われるのであった。

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