漸く涼しくなってきました。暑さを客観的に見るようになると、74年前の敗戦の8月がとても暑い日だったことを考えさせられます。
それは『豊饒の海』『天人五衰』の最後の場面、「夏の日ざかりの日」にもつながります。三島由紀夫はこの原稿を昭和45年の夏に書き終えており、市ヶ谷行きと自決は晩秋、または初冬の11月25日でした。
三島が魅せられていた二・二六事件は、昭和11年の雪の朝に起こりました。晩冬または早春で『春の雪』とも言えそうです。11月25日の日付についてはいろいろな見方がありますが、この対照的な季節の中間の時期でもありました。
来年の東京オリンピックは返上が望ましいですが、季節だけでもずらすべきと思います。
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