『春の雪』七に、房子という女性が登場します。本多繁邦の又従兄妹です。
繁邦の祖母の十年忌の法要の帰りに、親戚たちが本多家に立ち寄ります。どの部屋も本ばかりなのに彼らは呆れますが、数人が繁邦の書斎に入って机辺をかき回したあと、房子と繁邦だけが残されます。
「疲れた。ねえ、疲れない、繁兄さま?」と言って、房子は繁邦の膝に顔を伏せました。繁邦は困惑しますが、そこに母と伯父伯母が入ってきて、房子は顔をあげました。
房子は二度と繁邦の前に現れませんが、繁邦はいつまでも「熱い重い時間」のことを覚えていました。
房子の名前だけは『春の雪』でもう一度だけ現れます。繁邦が清顕と聡子の鎌倉での逢い引きを助けるため、友人の五井の自動車を借りるとき、繁邦は自分の逢い引きだと嘘をつきます。「彼女の名前ぐらい言ってもいいじゃないか」と五井に言われて繁邦は「房子だ」と答えます。おかげで繁邦は車内で聡子を「房子さん」と呼ぶはめになります。
三島由紀夫の別の小説『仮面の告白』で、「私」の又従姉の「澄子」という女性が出てきます。「疲れなくて?公ちゃん」と「私」の腿の上に顔を落とすのですが、「私」は「自分の腿の上にしばし存在した贅沢な重み」をいつまでも覚えていました。明らかな共通性がありますね。
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