昨日取り上げた『命売ります』の主人公・山田羽仁男は、ある日突然死にたくなって自殺を試みるも失敗し、新聞求職欄に「命売ります。お好きな目的にお使い下さい」という広告を出します。
羽仁男の奇妙な体験について種村季弘氏はホーフマンスタールの影響を見出し、『チャンドス卿の手紙』がモデルであろうと考察しています。チャンドス卿は十代で天才的な詩を書きますが、二十代の後半で「言葉が、口のなかで、まるで腐敗した茸のように、こなごなになってしまう」体験に遭遇します。
井上隆史氏はこの小説を巧みに要約しています。
「命の買い手は次々に現われ、羽仁男は薬の実験台にされたり、サディストの女性の餌食になったりするが、その都度、死の危機を乗り越えて生き延びてしまう。ところが、羽仁男は知らず知らずのうちに東京を舞台とする二大国のスパイ戦に巻き込まれてしまう。そして、ACSという密輸と殺人の組織に追跡され、探知機を腿に射込まれたり、トラックに追撃されたりして命を狙われるようになる。すると、羽仁男には死の恐怖が生じ、死にたくない(生きたい)という意欲が蘇ってくるのである」
この後『命売ります』は『天人五衰』に似た虚無的な結末を迎えます。
お読みいただき、ありがとうございますm(_ _)m