舟木収は第六章で、母が経営する喫茶店「アカシヤ」で高利貸の男に殴られて怪我をし、深井峻吉に電話をかけます。峻吉は次の試合を十日後に控えており、手を傷つけたらどうしようと考えますが、『そいつは許してはおけない』という思いが勝り、翌日の練習が終わると「アカシヤ」に向かいました。
峻吉は収の気分をよくしようとして奇妙な話をします。
「おとといの日蝕を見たか?」
収は何度かきき返したあと「それどころじゃなかった」と答えました。
「ほんのちょっぴりだ。一寸欠けた煎餅みたいなんだ」と峻吉が言いましたが、これは日蝕の食分(欠ける割合)を言っているようです。
天文記録と照合してみると、この日食(日蝕)は1955年6月20日に起こったセイロン日食に当たります。セイロン(スリランカ)では皆既日食でしたが、遠く離れた東京では最大食分は17パーセントで、「一寸欠けた煎餅みたい」という表現も当たっています。
それにしても拳闘選手の峻吉が日蝕を見るとは、不自然な設定のようにも思えますが、愉快な感じもあります。結局、この日は前日の男は店に来ず、女社長の秋田清美が来て峻吉は引き揚げました。
山形夏雄がこの日蝕を見たかどうかは不明ですが、彼は7月10日に富士山麓のホテルに行き、不思議な体験をすることになります。
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