第八章で、大杉重一郎を訪ねた仙台の三人は自分たちが宇宙人であることを明かし「大杉さんは、火星からおいでになったそうですね」と言います。
「よく御存じだ。そしてあなた方は?」
「白鳥座六十一番星の未知の惑星からです」
重一郎は「白鳥座とは、さても不吉な方角からいらしった」と感想を言いますが、なぜ「不吉」なのかは説明されていません。
一つ考えられるのは、白鳥座について伝わるギリシア神話です。この白鳥は変身した大神ゼウスで、スパルタ王妃レーダーに二つの卵を生ませました。一つの卵からはカストールとポリュデウケスの兄弟が孵り、もう一つの卵からはヘレネーとクリュタイムネーストラーの姉妹が孵りました。ヘレネーはトロイア戦争の原因になった美女ですから、確かに不吉だと言えそうです。
もう一つ思い当たるのは、白鳥座が十字架の形をしており「北十字星」とも呼ばれることです。十字架は残虐な刑罰の道具でキリストの死を連想させ、まさに不吉です。北十字星は南十字星(南十字座)ほど知られていないと思われますが、『春の雪』で松枝清顕・本多繁邦・シャムの2王子が鎌倉の星空を眺める場面から、三島は知っていたことが分かります。
「本多が知っている星の名は少なかったが、それでも銀河をさしはさむ牽牛織女や、二人の媒ちをするために巨大な翼をひろげている白鳥座の北十字星はすぐ見分けられた」
日本でも白鳥座を「じゅうもんじさま」と呼ぶ地方があり、切腹の十文字を思わせます。
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