2017年08月

羽黒助教授の演説を聴いた大杉重一郎は「人間の欠点はその通りです」と認めますが「同じことなら、一刻も早くボタンを押すように骨を折ってやるべき」という意見には賛成せず「何とか救ってやる方法は考えられませんか」と言います。羽黒は「考えられませんね」とあっさり答えますが、重一郎は引き下がりません。
ここまでが第八章で、第九章ではさらに長い論争が続きます。その中で「人間の胴体の風穴」や「人間の五つの美点」も語られますが、その二つの間に出てくる「人間の美しい気まぐれ」も印象的です。
「気まぐれこそ人間が天から得た美質で、時折人間が演じる気まぐれには、たしかに天の最も甘美なものの片鱗がうかがわれる」
「今夜こそこの手に抱くことのできる恋人の窓の下まで来て、まさに縄梯子に足をかけようとするときに、微風のように彼の心を襲い、急に彼の足を沙漠への長い旅へ向けてしまう不可解な気まぐれ」
「私が希望を捨てないというのは、人間の理性を信頼するからではない。人間のこういう美しい気まぐれに、信頼を寄せているからだ」
羽黒は「気まぐれがボタンを押すことだってある」と言いますが、重一郎は「それは狂気だ。気まぐれじゃない」と反駁します。
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『美しい星』で重一郎が語る「人間の五つの美点」とは、その前に羽黒助教授が語る「人間の三つの病気」に対して言われたものでした。
羽黒によれば、病気の一つは事物への関心、もう一つは人間への関心、もう一つは神への関心であり、この三つの関心のどれを辿っても、人間は必ず核のボタンを押すことになると言うのです。
事物への関心から見れば、水素爆弾は「まだ完結しない物」です。いつかは必ず、物らしい完結性を与えなければならない。
人間への関心から見れば、「結局俺とおんなじじゃないか」と言いたいために、同時に「よかれあしかれ、俺だけはちがう」と言いたいために、核のボタンが押されます。後者は全人類が滅びても一人だけ、あるいは一国家一民族だけ助かるという魅惑的な(?)想像です。
神への関心から見れば、水素爆弾は「人間の栽培した最初の虚無」です。未だに虚無の管理者としての神とその管理責任を信じている人間は、十字を切りながらボタンを押します。
人間どもは必ず核のボタンを押すように出来ているのだから、一刻も早くボタンを押すように骨を折ってやるべきだと羽黒は主張します。
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『美しい星』で人類の滅亡を企む三人の男は、青葉城の展望台から仙台の夜景を眺めながら、来るべき核戦争を議論します。羽黒助教授は次のように発言します。
「集団の時代はもう終ったのだ。・・悪が孤独な詩のようになり、詩が孤独な悪のようになっているのが、現代の本当の状況なんだよ。みんなは集団化と画一化の果てに戦争がはじまるように思っているが、実は一人の個人の小さな詩から戦争がはじまるのが現代なんだよ」
1962年『美しい星』の出版直後、世界はキューバ危機に見舞われましたが、1983年にも危機がありました。竹内淳氏は『高校数学でわかる統計学』の中で書いています。
「1983年にソ連の防空システムは、アメリカから発射された複数の核ミサイルをとらえました。ソ連の戦略ロケット軍の責任者だったペトロフ中佐は個人の判断でそれをシステムの誤動作と断定しました。おかげで報復の核ミサイルは発射されず、世界は滅びずにすみました。中佐がどうして誤動作と判断したかというと、アメリカが全面核戦争をしかけてきたのであれば、数発の核ミサイルではなく、数百発の核ミサイルを撃つはずだと考えたからでした」
しかし、数百発の誤動作もあるかもしれません。
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『美しい星』で、52歳の重一郎を当主とする埼玉県の大杉家はある年の夏、突然、家族はそれぞれ別の天体から飛来した宇宙人だという霊感に目覚めます。重一郎は火星人、妻の伊余子は木星人、息子の一雄は水星人、娘の暁子は金星人だったのでした。四人はそれぞれ空飛ぶ円盤を目撃し、その確信を強めました。一家は宇宙人であるという秘密を守りながら、核戦争を防ぎ、人類を救わなければならないという使命を果たすべく、それぞれの活動を始めますが、ご近所や警察の疑いを招きます。
一方、少し離れた仙台市では、気質も職業も年齢も違う三人の男たちが、揃って空飛ぶ円盤を目撃します。大学助教授の羽黒、床屋の曽根、羽黒の学生で後に銀行員となる栗田は、白鳥座六十一番星の未知の惑星から地球にやって来たのでした。その目的は「人間を滅ぼすため」でした。
重一郎は「宇宙友朋会」を結成して東京で講演を行い、どこも大入満員の人気を博します。これが仙台の羽黒たちの知るところとなります。
「あいつは、今は大した力は持っていないにしても、われわれの邪魔立てをしていることには変りがない。早いうちにあんな邪魔者を根絶やしにしてしまわなくてはいけない」
こうして三人は大杉家に近づき、第八章から第九章で重一郎との長い論争を繰り広げることになります。
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「宇宙人」同士の対話で「火星人」大杉重一郎が挙げる「人類の五つの美点」は有名で、しばしば引用されます。重一郎は「もし人類が滅んだら、私は少くとも、その五つの美点をうまく纏めて、一つの墓碑銘を書かずにはいられないだろう」と言って、碑文の草案を説明します。
『地球なる一惑星に住める 人間なる一種族ここに眠る。
彼らは嘘をつきっぱなしについた。
彼らは吉凶につけて花を飾った。
彼らはよく小鳥を飼った。
彼らは約束の時間にしばしば遅れた。
そして彼らはよく笑った。
 ねがわくはとこしなえなる眠りの安らかならんことを』
重一郎は続けて、この五つの美点を「あなた方」(白鳥座61番星人)の言葉に翻訳します。
『彼らはなかなか芸術家であった。
彼らは喜悦と悲嘆に同じ象徴を用いた。
彼らは他の自由を剥奪して、それによって辛うじて自分の自由を相対的に確認した。
彼らは時間を征服しえず、その代りにせめて時間に不忠実であろうと試みた。
そして時には、彼らは虚無をしばらく自分の息で吹き飛ばす術を知っていた』
そして「あなた方は後のほうの墓碑銘を立派で好もしいと思うだろうが、私はもちろん前のほうが好きなのだ」と付け加えます。
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