2017年11月

今日は三島由紀夫を離れて、三島が苦手な音楽の話をしましょう。私は高尚な音楽はよく知らないので、ごく通俗的な音楽です。私のハンドルネームが『Too far away』(1979年に伊藤薫が水越恵子のために作った楽曲)に由来するのは前にも書きましたが、同じ年に生まれたのが『サーモン・ベイビー』という歌です。作詞作曲は佐藤三樹夫という人で、歌ったのは小出正則という歌手です。
小出正則は1977年にフォーライフからデビューした人で、4枚目のシングル『新しい空』がよく知られています。山川啓介作詞、吉田拓郎作曲、『あさひが丘の大統領』というテレビドラマの主題歌で、これもなかなか良い曲ですが、その前の『サーモン・ベイビー』はほとんど知られていません。
ご存知のように鮭は数年にわたって北太平洋を回遊した後、生まれた川を遡って産卵をしますが、汚れていた札幌市の豊平川に鮭を呼び戻そうという市民運動があったそうで、そこで歌われたのがこの歌です。小出さんは生まれも育ちも川崎市で北海道の人ではありませんが、デビュー曲が『オホーツク』という曲だったことと、大衆的な歌声を評価されて歌うことになったと当時のラジオで話しておられました。
https://youtu.be/OUCupUuLyUE
知られていませんが、北海道どころか日本を代表する名曲ではないでしょうか。北海道出身のアーティストは多いのに、なぜ誰もカバーしないのでしょうか。自然保護の歌なので政財界の協力が得にくいのかもしれません。小出さんは今も地元の川崎で歌われているようです。
お読みいただき、ありがとうございますm(_ _)m

「よくお芝居には、他人のザン言やかげ口が大事な劇的契機に使われています。オセロもイヤゴオのザン言を信じて愛妻デスデモナを殺すことになるが、こんなヤキモチの直接の動機としては、妻のハンカチが不義の証拠として劇中に使われている。しかしこれも物的証拠としては全然薄弱なもので、もしイヤゴオの言葉の毒が、毒入り香水のようにこのハンカチをどっぷり浸していなかったら、オセロといえどもそんなにやすやすと妻の不義を信じなかったでしょう」
これはシェイクスピアの例ですが、三島は日常的な例も挙げます。
「「これはほんの噂ですがね、C社長はそろそろ退陣するそうだ」というほうが、「たしかな筋から出た話だが、C社長はそろそろ退陣するそうだ」というよりも、当事者にはギクリと来ます」
不合理ですが、確かにそう言えそうです。三島の分析によると、「面と向って言う悪口に毒素が少ないのは、そこでは悪口の対象も、ある主体を持つことを許されている」からです。ところが第三者から告げ口をきくとき、われわれは「自分の主体を完全に失って、完全に無防禦で、他人の笑い物になっているもう一人の自分の姿を、そこにまざまざと思いえがき」「最も私の見たくない私、掛値のない私の真の姿」を見るのです。
三島は小説家として「言葉の毒」をよく理解していたようです。ブログを書く上でも気をつけてゆきたいものです。
お読みいただき、ありがとうございますm(_ _)m

三島由紀夫は『小説家の休暇』の最後、8月4日(木)を日本文化の将来に対する期待をもって結んでいます。30歳の段階では、彼はまだ戦後の日本に絶望していませんでした。
「私にはふと、第二次大戦における敗戦は、日本文化の受容的特質の宿命でもあり、また、人が決して自分にふさわしからぬ不幸を選ばぬように、もっともこの特質にふさわしく、自ら選んだ運命ではないか、と思われることがある」
「日本の美は最も具体的なものである。世阿弥がこれを「花」と呼んだとき、われわれが花を一理念の比喩と解することは妥当ではない。それはまさに目に見えるもの、手にふれられるもの、色彩も匂いもあるもの、つまり「花」に他ならないのである」
「日本文化の稀有な感受性こそは、それだけが、多くの絶対主義を内に擁した世界精神によって求められている唯一の容器、唯一の形式であるかもしれないのだ」
「尤も、右のような傾向はまだ予感にすら達せず、われわれはあと何十年かのあいだ、模索を重ねて生きるだろうが、とにかくわれわれは、断乎として相対主義に踏み止まらねばならぬ・・現代の不可思議な特徴は、感受性よりも、むしろ理性のほうが、(誤った理性であろうが)、人を狂信へみちびきやすいことである」
45歳で壮絶な自決を遂げた三島ですが、むしろこうした言葉に耳を傾けるべきなのかもしれません。
お読みいただき、ありがとうございますm(_ _)m

『小説家の休暇』は三島由紀夫が30歳の時に書かれましたが、6月29日(水)には音楽への恐怖が語られていて注目されます。
「私は、レコードの一枚も、蓄音機の一台も持たない」
「音楽というものは、人間精神の暗黒な深淵のふちのところで、戯れているもののように私には思われる。こういう怖ろしい戯れを生活の愉楽にかぞえ、音楽堂や美しい客間で、音楽に耳を傾けている人たちを見ると、私はそういう人たちの豪胆さにおどろかずにはいられない。こんな危険なものは、生活に接触させてはならないのだ」
7月1日(金)ではこうも言っています。
「他の芸術では、私は作品の中へのめり込もうとする。芝居でもそうである。小説、絵画、彫刻、みなそうである。音楽に限って、音はむこうからやって来て、私を包み込もうとする。(中略)私には、音がどうしても見えて来ないのだ」
三島は鋭い目を持つ「見る人」でしたから、目が役に立たない音楽に恐怖を覚えたのでしょうか。芝居や映画では音楽が使われてもそれは一部に過ぎないので気にならなかったのでしょうか。物理的に言えば「音」は空気や水などの物質を媒質とする波動であり、光=電磁波は時空そのものを媒質とする波動です。最近は「重力波」も発見されたようです。もちろん人体で直接感じることは出来ませんが、やはり時空の波動です。どちらも波動ではありますが、根本的な相違もあることは確かです。
お読みいただき、ありがとうございますm(_ _)m

三島由紀夫の問題作(と言ってよいのでしょうか)『英霊の聲』を初めて精読しました。何と申し上げたらよいのか、霊界のことは私には分かりませんが、これは狂気の作品かもしれないし、幾ばくかの真実が含まれているかもしれない。これほど小説の世界に引き込まれたことは無かったように思います。
三島の母によると、三島は「手が自然に動き出してペンが勝手に紙の上をすべる」状態でこの小説を書いたと言います。丸山明宏(美輪明宏)が「三島には磯部浅一(二・二六事件で刑死した将校)の霊がついている」と言ったという話もあります。こうした話をどこまで真面目に受け取ってよいのか分かりません。とにかく三島は尋常な状態では無かったようです。
二・二六事件の青年将校たちの霊、そして神風特攻隊の戦死者たちの霊が盲目の川崎青年に乗り移り、昭和天皇を激しく呪詛しながら、身代わりのように青年を痛めつけます。最後に青年は死んでしまいますが、その顔は「何者とも知れぬと云おうか、何者かのあいまいな顔に変容」していました。これは昭和天皇の顔と見て間違いないでしょう。
私が若い頃に愛読した小説にデービッド・リンゼイの『アルクトゥールスへの旅』というのがありました。アルクトゥールスは牛飼い座の一等星ですが科学的なSFではなく、ニーチェやショーペンハウエルの影響が強い独特な世界観の奇作と呼びたいような作品です。苦痛こそがこの世界の真実であるのに、それを偽りの甘美な快楽でだます悪魔クリスタルマンの「にたにた笑い」が、トーマンス人たち(トーマンスはアルクトゥールスの惑星とされる)の死に顔に現れるのです。この作品はコリン・ウィルソンが賞賛して有名になったので三島は読んだかどうか分かりませんが、世界観の類似から来ているのでしょう。
お読みいただき、ありがとうございますm(_ _)m

↑このページのトップヘ