以前のブログで初期の天皇の漢風諡号を検討し、第2代綏靖天皇の「綏」が後漢第6代安帝の初期の摂政を務めたトウ綏(トウはトウ小平のトウ)の「綏」、第3代安寧天皇の「安」が安帝の「安」、第4代懿徳天皇の「懿」が後漢第7代少帝の諱であることを指摘しました。第5代孝昭から第8代孝元天皇まで「孝」の字が4代続くのは、前漢・後漢の皇帝の諡号に倣ったと思われます。これを遡ると、初代神武天皇は後漢第4代和帝に対応し、日向3代の最初で天孫降臨の主役ニニギは後漢初代の光武帝に対応します。興味深いのは朝鮮の伝承で、金官加羅の初代とされる首露王が光武帝の時代に亀旨峰に現れたと伝えられることです。
さらに神話時代に遡ると、スサノオは新の王莽に対応し、それ以前の別天つ神5柱・神世7代・天照大神の13代は前漢の皇帝14代にほぼ対応します。『日本書紀』でタカミムスヒノミコトを「高皇産霊尊」と記すのは前漢の高祖、正しくは太祖高皇帝・劉邦を意識しているようです。
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