平成上皇は以前、平安遷都で有名な桓武天皇の母・高野新笠の祖先が百済の武寧王であることに韓国とのゆかりを感じると述べていましたが、『続日本紀』を読むと武寧王の祖先が都慕王、即ち高句麗の初代・東明聖王(朱蒙)であること、母(柳花夫人)が日光に感精して朱蒙が生まれたという有名な朝鮮神話も載っています。
更に興味深いのは『日本書紀』で、668年の高句麗滅亡を伝える記事でも仲牟王(朱蒙)とその母に言及し、滅亡が建国からちょうど700年目であったと記し、建国の年まで明らかにしています。これは西暦紀元前32年となり、朝鮮の史書『三国史記』が伝える高句麗建国の年(紀元前37年)と僅か5年の違いです。古代にもっと交流が多かったと思われる百済や新羅、任那にもこのような記事はありません。
端的に言えば、高天ヶ原とはおそらく古代の高句麗であり、天照大神とは朱蒙ではないかと思われます。高句麗史は朝鮮史か中国史か?という馬鹿馬鹿しい論争がありますが、高句麗は高句麗でよいでしょう。
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