高句麗の太祖大王(宮)は生まれながらに目を開き、物を見ることができたと『三国史記』高句麗本紀に記されています。井上秀雄氏は次のように注釈しています。

『三国志』高句麗伝の位宮(東川王)の記事からとったもので、そこには「国人がこのことを嫌った」とある。『後漢書』高句麗伝にはこの記事につづいて「国人は宮に期待した」とある。前者は中国人の感想が混入したものとみられ、この表現は高句麗人の理想的な王者像の一つである。

要するに「ものがよく見えた」ということの伝説化でしょうか。三島由紀夫が『仮面の告白』で、生まれた日の情景を覚えていると書いていたことが思い出されます。三島は朝鮮嫌いで、高句麗の歴史などは関心がなかったと思われますが、もし知っていたら興味を持っただろうと思います。
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