カテゴリ: 小説

数学に関心を持たなかった三島由紀夫ですが、『豊饒の海』第三巻『暁の寺』十三にはピタゴラスに関する記述が出ています(「ピュタゴラス」と表記されています。)

オルペウス教の祖述とも深化とも云われたピュタゴラス教団は、輪廻転生説と宇宙呼吸説をその特色ある教義とした。
本多はこの「宇宙が呼吸する」という思想の跡を、のちにインド思想と永い対話を交わすミリンダ王の生命観霊魂観の裡に辿ることができたが、それはまたわが古神道の秘義にも似ていた。

三島はピタゴラスより、それに先行するオルペウス教やディオニュソス信仰に多くの頁を割いています。また『暁の寺』十四では十七、八世紀のイタリアに復活した輪廻転生説に目を向けています。
数学についてもピタゴラスの精神は近世のタルタリアやガリレオ・ガリレイに受け継がれており、歴史の奥深さを感じます。
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井上靖の『天平の甍』は奈良時代の唐僧、鑑真の来日を主題にした歴史小説ですが、主要な登場人物の一人に戒融がいます。この戒融は『続日本紀』の2か所に出ており、井上は小説の最後でその史実を明かしています。

この年(天平宝字8年=764年。引用者注)、新羅使節金才伯が来朝して、渤海国経由で新羅に来た唐勅使韓朝彩の依頼で、さきに唐より渤海国を経て日本へ向った日本留学僧戒融の帰朝の有無を訊ねたことがあった。このことから判断すると、戒融は再び故国の土を踏まないといっていたその志を曲げて、いつか日本へ帰っていたのかも知れない。この戒融の帰国の裏づけと見なしてよさそうなもう一つの史料がある。それは天平宝字7年に、戒融という僧侶が優婆塞一人伴って唐から送渤海使船に乗って渤海を経て帰国したが、途中、暴風雨に遇い、船師が優婆塞を海に投じたということが古い記録に載っていることである。

新潮文庫の解説で山本健吉は戒融について「その行動は、日本に何物ももたらさず、広大な国土の中に消え失せて行ったというべきだが、生きようとする自分の意志、確かめようとする自分の疑問に対して、誰よりも忠実だったと言える」と評しています。

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三島由紀夫の遺作『天人五衰』二十六は次のように始まります。

(前略)透が養子に入って、足かけ四年のあいだは平穏に見え、透の変化も目に立つほどでもなかったのが、この春透が成年に達して東大に入学してから、すべてが変ったのである。透は俄かに養父を邪慳に取扱うようになった。逆らうとすぐ手をあげた。本多は透に暖炉の火掻き棒で額を割られ、ころんで打ったといつわって病院通いをしてからというもの、透の意を迎えることにもはや汲々としていた。

この透の状態は、私の高校時代にかなり似ています。私の場合は物を壊す程度で、親に暴力をふるうことはありませんでしたが。

透の一日。
彼はもう海を見なくてよい。船を待たなくてよい。
本当はもう大学へも行かなくてよいのだが、世間の信用を博するためだけに通っている。東大へは歩いて十分足らずで行ける距離なのに、わざわざ車で通うのである。

透はこの時点では「世間の信用」を重視していたようです。透が自殺未遂と失明により、引きこもりのような「天人五衰」になるのはクリスマスに慶子に呼び出された後のことです。
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この小説は私が若い頃から好きで、三島由紀夫も高く評価していました。当ブログでも何度か取り上げましたが、7の末尾近くにこんな文章があります。

そう思ってわたしは、このような機会にたとえ十日間でも断食が続けられたなら、自分の為に良いことだ、と考えていたくらいです。御馳走を食べたあとは何時だって悪いことをした気持に襲われると、この時分になってやっと気付きました。といって、四日以上に亘って絶食の記録を作ることは到底わたしには為し能えませんでした。我慢が出来なくなるからではありません。ものの四日間もじっと引き籠っているうちには、例の飯塚酒場の常連の誰かがわたしを呼びにやってきて、表から大声に喚ばわるからでした。

足穂は「僕は他人のお布施で生きてきた」と言っていますが、彼には人徳があったのでしょう。私は人徳がないので、お金がなくなれば親や市役所に相談することになります。市役所もなるべく生活保護はしたくないので「就労を促し」ます。
どうも騙されたような気もしますが、無意識に今のような生活を望んでいたのかもしれません。
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前回の投稿で『天人五衰』を引用しましたが、そこに描かれた「壁」の表現が気になりました。

何か見えない現実とそこから利得を得ている見えない人間との間に介在して、不断にその双方を嘲笑している不透明な壁、生の匂いのきつい油絵具で隅々まで塗られ描かれた壁

『鏡子の家』で四人の男たちは清一郎の提案によって「決して互いに助け合わない」同盟を結びますが、そこにも「壁」が出てきます。四人はそれぞれの思いを「壁」に託します。中でも清一郎は「俺自身が壁に化けてしまう」ことを考えます。
清一郎は「油絵具の壁画に溌剌と姿を現わす人間」であり、「実はもっとも窮屈に機構にとらわれ、他人の支配に屈している」人間であると考えられます。商社マンと肉体労働者の違いは本質的ではないでしょう。筋肉は運動神経と結びついていて、頭脳と不可分に進化してきたものと思われるからです。
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