カテゴリ: 小説

この小説は私が若い頃から好きで、三島由紀夫も高く評価していました。当ブログでも何度か取り上げましたが、7の末尾近くにこんな文章があります。

そう思ってわたしは、このような機会にたとえ十日間でも断食が続けられたなら、自分の為に良いことだ、と考えていたくらいです。御馳走を食べたあとは何時だって悪いことをした気持に襲われると、この時分になってやっと気付きました。といって、四日以上に亘って絶食の記録を作ることは到底わたしには為し能えませんでした。我慢が出来なくなるからではありません。ものの四日間もじっと引き籠っているうちには、例の飯塚酒場の常連の誰かがわたしを呼びにやってきて、表から大声に喚ばわるからでした。

足穂は「僕は他人のお布施で生きてきた」と言っていますが、彼には人徳があったのでしょう。私は人徳がないので、お金がなくなれば親や市役所に相談することになります。市役所もなるべく生活保護はしたくないので「就労を促し」ます。
どうも騙されたような気もしますが、無意識に今のような生活を望んでいたのかもしれません。
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前回の投稿で『天人五衰』を引用しましたが、そこに描かれた「壁」の表現が気になりました。

何か見えない現実とそこから利得を得ている見えない人間との間に介在して、不断にその双方を嘲笑している不透明な壁、生の匂いのきつい油絵具で隅々まで塗られ描かれた壁

『鏡子の家』で四人の男たちは清一郎の提案によって「決して互いに助け合わない」同盟を結びますが、そこにも「壁」が出てきます。四人はそれぞれの思いを「壁」に託します。中でも清一郎は「俺自身が壁に化けてしまう」ことを考えます。
清一郎は「油絵具の壁画に溌剌と姿を現わす人間」であり、「実はもっとも窮屈に機構にとらわれ、他人の支配に屈している」人間であると考えられます。商社マンと肉体労働者の違いは本質的ではないでしょう。筋肉は運動神経と結びついていて、頭脳と不可分に進化してきたものと思われるからです。
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働き始めて二週間が過ぎました。工事現場で働く人々を毎日見て、話もするようになりました。私は一日ずっと道路を監視して、旗振りや通信をしていますが、三島由紀夫の『天人五衰』二十五で、本多繁邦が養子の透と共に港を訪れる場面を思い出しました。

本多は息子も知らぬことに満足して、荷役の男たちの呼び交わす叫喚に耳を傾け、生涯に自ら決して携わることのなかった労働をしみじみと眺めた。
(中略)額に汗して荷役に従事する沖仲仕たちの、目にも見え絵にも描かれる労働のさまを見ると、本多は決して「良心的な」負け目などは感じなかったけれども、自分の生涯に対する隔靴掻痒の感に悩まされ、目に見える風景や事物や人体の動きのすべてが、自分が接しそこから利得を得た現実そのものであるよりも、何か見えない現実とそこから利得を得ている見えない人間との間に介在して、不断にその双方を嘲笑している不透明な壁、生の匂いのきつい油絵具で隅々まで塗られ描かれた壁のように思われた。しかもその油絵具の壁画に溌剌と姿を現わす人間は、実はもっとも窮屈に機構にとらわれ、他人の支配に屈しているのである。本多は自分がそんな被支配の不透明な存在でありたいと望んだことはなかったが、船のように生と存在にしっかり錨を下ろしているのは、彼らのほうであることも疑いを容れなかった。思えば社会は、何らかの犠牲に対してしか対価を払わない。生と存在感を犠牲にすることが大きいほど、知性はたっぷりと支払われるのであった。

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昨日から7年ぶりに働き始めました。まだ研修の2日目が終わったばかりですが、予想に反して長続きしそうな気がします。
三島由紀夫の『鏡子の家』では最後の章で夏雄が鏡子を訪ね、夫の帰宅で「鏡子の家」が終わることを告げられますが、このときの鏡子の言葉が私の心境に近いかもしれません。

人生という邪教、それは飛切りの邪教だわ。私はそれを信じることにしたの。生きようとしないで生きること、現在という首なしの馬にまたがって走ること、そんなことは怖ろしいことのように思えたけれど、邪教を信じてみればわけもないのよ。単調さが怖かったり、退屈が怖かったりしたのも病気だったのね。くりかえし、単調、退屈、そういうものはどんな冒険よりも、永い時間酔わせてくれるお酒だわ。もう目をさまさなければいいんです。できるだけ永く酔えることが第一。そうすればお酒の銘柄なんぞに文句を言うことがあって?

最後に夫が帰ってきますが、夫は描かれず、「七疋のシェパアドとグレートデン」が入ってくるところで小説は終わります。この言葉が少し気になりました。シェパードとグレートデンが合わせて七疋なら、それぞれ何疋いるのでしょうか。それともシェパードが七疋で、グレートデンは一疋、合わせて八疋でしょうか。第一章にも全く同じ表現が出てきます。
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泉鏡花の『草迷宮』を私は読んでいないのですが、澁澤龍彦が『ランプの廻転』というエッセイで紹介しています。このブログでも取り上げましたが、澁澤は三島由紀夫が『小説とは何か』で柳田国男の『遠野物語』で炭取が回転する場面を取り上げたことに注目し、「『遠野物語』にふくまれる百余篇の物語のなかから、くるくると廻る炭取などといった、子供っぽい奇妙なオブジェをえらび出し、これを象徴的な価値にまで高めなければ気がすまなかったところに、私は、いかにも三島由紀夫らしい、小説家としての好ましい資質を認めないわけにはいかないのである」と書きました。澁澤は『遠野物語』より前に書かれた泉鏡花の『草迷宮』でも、妖怪の存在を認知するための指標として洋灯(ランプ)の回転が利用されていることを明らかにしています。次の文章も注目されます。

『草迷宮』における化けもの屋敷の叙述には(中略)稲垣足穂が短篇『山ン本五郎左衛門只今退散仕る』を書くための粉本とした、平田篤胤の聞書『稲生物怪録』に出てくる化けもの屋敷の描写のディテールにぴったり符合する部分がいくつかあり、明らかに鏡花はこれを参考にして書いたと思われる(後略)

澁澤は『草迷宮』のあらすじを説明し、「この小説では、三つの時間が三重構造になって」いるとしてギリシャの迷宮神話との比較を試みます。

第一の時間も、第二の時間も、すべて迷宮の中心たる第三の時間に向って収斂するのである。いずれの時間にも美女が介在したが、これらすべては同じ女の転身のすがたにほかならなかったのである。第三の時間の支配する秋谷屋敷は、何なら魔圏だといってもよかろう。迷宮のアナロジーでいえば、ここにミノタウロスが棲んでいるのだ。そして、たしかにミノタウロスは棲んでいたし、アリアドネーは糸玉ならぬ手毬をもって、若いテーセウスたる明をここへ導いたのであった。
(中略)
ただ、この明というテーセウスは奇妙なテーセウスで、甘んじて試練を受けたはよいが、ミノタウロスを殺そうともせず、アリアドネーと手をたずさえてナクソス島へ遁走しようともしない。あろうことか、幕切れには眠りこんでしまうので、そもそも迷宮から脱出する意志がまるでないのである。旅人が脱出することを欲しない迷宮。これがおそらく、鏡花のつくりあげた迷宮の、その他多くのそれと決定的に異った一点であろう。

確かに奇妙な迷宮ですね。しかし澁澤は「鏡花が一般のやり方とは逆のやり方で、無意識に彼自身の超越を実現していたような気がしてならない」と言います。

退行の夢とは、いわば出口なき迷宮であろう。手毬唄を求めて日本全国を放浪しても、秋谷屋敷の魑魅魍魎の総攻撃を受けても、明の側に、一人前の大人になろうという意欲が根っから欠けている以上、それは結局のところ、永遠の堂々めぐりに終るしかないらしいのだ。ヨーロッパの聖杯伝説の系統をひくロマン主義小説の主人公ならば、たとえば『青い花』に象徴されるような、何らかの形而上学的な観念を求める旅の果てに、ついに新しい人間(ブリヨンのいうような)として生まれ変るというようなこともあり得ようが、鏡花の小説の主人公の場合、そういうことは決して起らない。だから、よくいわれるように、鏡花には超越への志向が欠けているというのも、あるいは一面の真実であるかもしれない。ただ、私には、鏡花が一般のやり方とは逆のやり方で、無意識に彼自身の超越を実現していたような気がしてならないのである。

これだけ読むと「奇矯な言辞を弄する」ようですが、澁澤はヒント?らしきものも提示しています。

この永遠の不毛な彷徨を、いつ終るともなき豊かな体験に一変させる方途はないものであろうか。おそらく、たった一つだけあるのだ。しかし、これも望んで手に入れられるというような種類のものではない。それは何かというと、少なくとも生涯に一度、(たぶん大人になる前)迷宮の中心の部屋に到達したことがあるという、何物によっても揺るがされることのない確信である。十歳で生母を失ってから、鏡花はこの確信だけで生きてきたといっても過言ではないであろう。

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