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三島由紀夫の遺作『天人五衰』二十六は次のように始まります。

(前略)透が養子に入って、足かけ四年のあいだは平穏に見え、透の変化も目に立つほどでもなかったのが、この春透が成年に達して東大に入学してから、すべてが変ったのである。透は俄かに養父を邪慳に取扱うようになった。逆らうとすぐ手をあげた。本多は透に暖炉の火掻き棒で額を割られ、ころんで打ったといつわって病院通いをしてからというもの、透の意を迎えることにもはや汲々としていた。

この透の状態は、私の高校時代にかなり似ています。私の場合は物を壊す程度で、親に暴力をふるうことはありませんでしたが。

透の一日。
彼はもう海を見なくてよい。船を待たなくてよい。
本当はもう大学へも行かなくてよいのだが、世間の信用を博するためだけに通っている。東大へは歩いて十分足らずで行ける距離なのに、わざわざ車で通うのである。

透はこの時点では「世間の信用」を重視していたようです。透が自殺未遂と失明により、引きこもりのような「天人五衰」になるのはクリスマスに慶子に呼び出された後のことです。
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この小説は私が若い頃から好きで、三島由紀夫も高く評価していました。当ブログでも何度か取り上げましたが、7の末尾近くにこんな文章があります。

そう思ってわたしは、このような機会にたとえ十日間でも断食が続けられたなら、自分の為に良いことだ、と考えていたくらいです。御馳走を食べたあとは何時だって悪いことをした気持に襲われると、この時分になってやっと気付きました。といって、四日以上に亘って絶食の記録を作ることは到底わたしには為し能えませんでした。我慢が出来なくなるからではありません。ものの四日間もじっと引き籠っているうちには、例の飯塚酒場の常連の誰かがわたしを呼びにやってきて、表から大声に喚ばわるからでした。

足穂は「僕は他人のお布施で生きてきた」と言っていますが、彼には人徳があったのでしょう。私は人徳がないので、お金がなくなれば親や市役所に相談することになります。市役所もなるべく生活保護はしたくないので「就労を促し」ます。
どうも騙されたような気もしますが、無意識に今のような生活を望んでいたのかもしれません。
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前回の投稿で『天人五衰』を引用しましたが、そこに描かれた「壁」の表現が気になりました。

何か見えない現実とそこから利得を得ている見えない人間との間に介在して、不断にその双方を嘲笑している不透明な壁、生の匂いのきつい油絵具で隅々まで塗られ描かれた壁

『鏡子の家』で四人の男たちは清一郎の提案によって「決して互いに助け合わない」同盟を結びますが、そこにも「壁」が出てきます。四人はそれぞれの思いを「壁」に託します。中でも清一郎は「俺自身が壁に化けてしまう」ことを考えます。
清一郎は「油絵具の壁画に溌剌と姿を現わす人間」であり、「実はもっとも窮屈に機構にとらわれ、他人の支配に屈している」人間であると考えられます。商社マンと肉体労働者の違いは本質的ではないでしょう。筋肉は運動神経と結びついていて、頭脳と不可分に進化してきたものと思われるからです。
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働き始めて二週間が過ぎました。工事現場で働く人々を毎日見て、話もするようになりました。私は一日ずっと道路を監視して、旗振りや通信をしていますが、三島由紀夫の『天人五衰』二十五で、本多繁邦が養子の透と共に港を訪れる場面を思い出しました。

本多は息子も知らぬことに満足して、荷役の男たちの呼び交わす叫喚に耳を傾け、生涯に自ら決して携わることのなかった労働をしみじみと眺めた。
(中略)額に汗して荷役に従事する沖仲仕たちの、目にも見え絵にも描かれる労働のさまを見ると、本多は決して「良心的な」負け目などは感じなかったけれども、自分の生涯に対する隔靴掻痒の感に悩まされ、目に見える風景や事物や人体の動きのすべてが、自分が接しそこから利得を得た現実そのものであるよりも、何か見えない現実とそこから利得を得ている見えない人間との間に介在して、不断にその双方を嘲笑している不透明な壁、生の匂いのきつい油絵具で隅々まで塗られ描かれた壁のように思われた。しかもその油絵具の壁画に溌剌と姿を現わす人間は、実はもっとも窮屈に機構にとらわれ、他人の支配に屈しているのである。本多は自分がそんな被支配の不透明な存在でありたいと望んだことはなかったが、船のように生と存在にしっかり錨を下ろしているのは、彼らのほうであることも疑いを容れなかった。思えば社会は、何らかの犠牲に対してしか対価を払わない。生と存在感を犠牲にすることが大きいほど、知性はたっぷりと支払われるのであった。

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昨日から7年ぶりに働き始めました。まだ研修の2日目が終わったばかりですが、予想に反して長続きしそうな気がします。
三島由紀夫の『鏡子の家』では最後の章で夏雄が鏡子を訪ね、夫の帰宅で「鏡子の家」が終わることを告げられますが、このときの鏡子の言葉が私の心境に近いかもしれません。

人生という邪教、それは飛切りの邪教だわ。私はそれを信じることにしたの。生きようとしないで生きること、現在という首なしの馬にまたがって走ること、そんなことは怖ろしいことのように思えたけれど、邪教を信じてみればわけもないのよ。単調さが怖かったり、退屈が怖かったりしたのも病気だったのね。くりかえし、単調、退屈、そういうものはどんな冒険よりも、永い時間酔わせてくれるお酒だわ。もう目をさまさなければいいんです。できるだけ永く酔えることが第一。そうすればお酒の銘柄なんぞに文句を言うことがあって?

最後に夫が帰ってきますが、夫は描かれず、「七疋のシェパアドとグレートデン」が入ってくるところで小説は終わります。この言葉が少し気になりました。シェパードとグレートデンが合わせて七疋なら、それぞれ何疋いるのでしょうか。それともシェパードが七疋で、グレートデンは一疋、合わせて八疋でしょうか。第一章にも全く同じ表現が出てきます。
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