私は現在の「コロナ危機」は意図的に引き起こされたのではないかと考えていますが、各地で相次ぐ金属片騒ぎにより、いっそう確信を強めています。
コロナに対してはイベルメクチンという薬がよく効くのに、これを徹底的に隠蔽し、危険なワクチン接種を進める日本政府は何を考えているのでしょうか。おそらく日本政府には何の権限もなく、製薬会社を含む大資本に従わされているのでしょう。
ビル・ゲイツなどの頭のいい人たち(頭のよすぎる人たち?)は恐ろしいことを考えるものです。危険なワクチンの副反応により、既に多くの人たちが殺されています。私たちは自分で考えて、洗脳から脱していく必要があると思います。
お読み頂き、ありがとうございますm(_ _)m
コロナに対してはイベルメクチンという薬がよく効くのに、これを徹底的に隠蔽し、危険なワクチン接種を進める日本政府は何を考えているのでしょうか。おそらく日本政府には何の権限もなく、製薬会社を含む大資本に従わされているのでしょう。
ビル・ゲイツなどの頭のいい人たち(頭のよすぎる人たち?)は恐ろしいことを考えるものです。危険なワクチンの副反応により、既に多くの人たちが殺されています。私たちは自分で考えて、洗脳から脱していく必要があると思います。
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コメント一覧 (12)
「そう言えば、上田の家は応挙の出た筋やてのう」
「ふん、七代目がわしや」と、当然のように喜三郎は言った。
「絵は好きこ」
「好きやけど、描くと父さんにどつかれる」
喜三郎は悲しい眼になった。絵を描いたり本を読むのを、父は快く思ってくれぬ。
「百姓の小伜にいらんこっちゃ。学問して親の雪隠に糞たれんようになったらどもならん」と、父は言う。たまに今日のように、「読め」といったら、結果は煙管の御馳走だ。
「や、そのでこちん、血がたれとるやんか」禅味が明るい所へ喜三郎を連れ出し、その訳を問いつめた。事情を聞いた和尚は大笑いし、吉松にかけ合って弟子にしてくれた。喜三郎の神童ぶりを聞き知っていたのだ。
「応挙はんもお前ぐらいの年で、この寺に小僧に来やはった。お前も負けんと精出しや」
喜三郎は小学校をやめ、昼は畑仕事を手伝い、夜は金剛寺へ通った。昼間の労働に疲れて居眠りするたび、如意棒がとんだ。懲りずに居眠りながらも、日本外史を空で覚えた。知識は急激に蓄積される。前からいる小僧を追いこし、たちまち引き離した。喜三郎が金剛寺に通い出したこの新学期には、弟由松は学齢に達して偕行校へ入った。
喜三郎の悪戯はやまなかった。溝を止めて魚をあさり、田守りにみつかって頭を打たれた。近所の結婚式をのぞきみようと舌で障子に穴をあけたとたん、舌の先を鋭いもので刺され、大声で泣きわめいた。和尚の留守に友達をひきこみ木魚を叩くやら、須弥檀の阿弥陀さんの口に泥鰌をつっこむやら、あげくのはて帰ってきた和尚にみつかり、襟首つまんでほうり出された。暗い夜道を、夜学の友が幽霊に化けて喜三郎をおどした。恐怖のあまり、がっぷり幽霊の足にかぶりつき、大怪我させたこともある。
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彼の竜宮城に在りし三重の金殿は中空に際限もなく延長して、金銀銅色の天橋を成し、各自天橋よりは金銀銅色の霊線を垂下し、その端の救ひの鉤をもって、正しき神人を橋上に引き揚げ始めたり。
天橋の上には蟻の群がる如く、数多の神人が救ひ上げられ、天橋は再び回転を開始したり。東西に延長せる天橋は、東西南北と中空を廻り、天教山、地教山その他数ヶ所の高山の巓に救はれたる神人を送り、またもや憂瀬に沈み苦しめる正しき神人を救ひの鉤を以て次第に天橋の上に引き揚げ玉ひける。
天教山の宣伝使は。天橋に神人の充満するを待って、天橋は起重機のごとく東西南北に転回し、その身魂相当の高山に運ばれゆくなり。
救ひ上げられたる中にも、鬼の眼にも見落しとでも云うべきか、或は宣伝使の深き経綸ありての事か、さしも悪逆無道なりしウラル彦、ウラル姫も銅橋の上に救ひ上げられたり。常世神王始め盤古神王もまた金橋の上に救はれて居たりける。ウラル彦は全身蟻に包まれ、身体の各所を鋭き針にて突き破られ、苦悶に堪へかねて山を下り、泥水の中に全身を浸すが、蟻が喰ひ着き、またもや蟻の山へと這い上りゆけり。
極善の神人は天教、地教両山に、極悪者はアルタイ山に救はれたりける。平素利己主義を持し、甘い汁を吸うた悪者共は全身残らず甘くなっており、蟻が喜びて集まり、世界の為に苦き経験を嘗めたる神人は、身体苦く一匹も蟻は集り得ざるなり。(第6巻 霊主体従 大洪水)
capelaurig
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授業は、あい変わらずつまらなかった。下等小学校教科書は、綴字(読み並びに盤上習字)・会話(読み)・書牘(解意並びに盤上習字)・養生法(講義)・体操・習字(字形を主とす)・読本(解意)・文法(解意)・地学大意・唱歌(当分これを欠く)・単語(読み)・修身(解意)・算術(九九数位加減乗除)・理学大意であった〔明治五年公布の小学校教則〕。
しかし何分やさしすぎた。穴太には、古老たちの語り伝えが残っている。村人たちがむずかしい算盤を少年喜三郎に頼む。喜三郎は、「火ひいて灰のこる、灰ひいてくど(かまど)残る、犬がボボしてマラ拭かん」などと口からでまかせいって大人を笑わせながら珠をはじき、一厘の間違いもなかったと。この調子で下等終了まで四年かかるところを二年で終え、明治十五年には、上等八級に進んでいた。しかし喜三郎の本来の生活は、学校の外にあった。
蓮の葉の生い茂った溜池で友らと遊び、蓮の実をとろうとして落ちこんだ。深い泥が喜三郎を吸いこみ、もがけばもがくほど沈んでいく。子供たちが驚いて逃げ出した。注進を受けた宇能が凄まじい形相でかけつけ、水藻の中に没し消えようとする孫を渾身の力で引き上げた。泥にもがいた感覚は、悪夢のように長く残った。この蓮根池は、いまは水田になっている。
近所の大石文助老人の庭に、棗の木があった。学校の帰り、友の重太郎と庭に忍んで木にのぼり、甘ずっぱい果実をむさぼり食った。と突然、文助のどなり声に仰天し、折り重なって梢から落下した。重太郎は足首をくじき、喜三郎は石に腰を打った。
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琴平別(ことひらわけ)は、あまたの眷族神を随へ、最も巨大なる亀と化し、地上の神人をその背の乗せ、浪のまにまに漂ひつつ高山めがけて運びきたる。金銀橋の上よりは最早救ふべき神人も絶えたりと見え、天橋は合一して、一つの橋となりぬ。未だ銅橋よりは、盛んに銅線の鉤を垂下して、浪に漂ふ神人を救ひ上げつつありき。
阿鼻叫喚の声は、四方八方に起り、吹き荒ぶ風の音、波の響きは実に名状すべからざる惨憺たる光景なり。
地教山にに座します野立姫命(のだちひめのみこと)は、廻りくる黄金の橋にヒラリと飛び乗り給ふや、金橋はたちまち回転を始めて、天教山に触れ届きける。野立姫命は直ちに天教山に下り給ひぬ。
野立彦命、野立姫命は、地上の惨状を見て悲歎に堪へず、忽ち宇宙の大原因神たる大国治立命(おおくにはるたちのみこと)に向って祈願し、且つ日の神、月の神の精霊にたいして、
『地上の森羅万象を一種も残さず、この大難より救はせ給へ。我らは地上の神人を始め、一切の万有の贖ひとして、根底の国に落ち行き、無限の苦しみを受けむ。願はくは地上万類の罪を赦させ給へ。地上のかくまで混濁して、かかる大難の出来したるは吾らの一大責任なれば、身を以て天下万象に代らむ。』と天教山の猛烈なる噴火口に身を投じて神避りましける。神の仁慈は人間の想像も及ばざる無限絶対にして極仁極愛の御精神なるを窺ひ奉りて感謝すべきなり。(第6巻 大峠 極仁極愛)
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事情を聞いた吉松は、怒って喜三郎の痛む腰をけった。
「泥棒に伜を育てた覚えはないぞ。文助はんに合わせる顔があるかい」
文助のとめる手をふりほどき、なおも鉄拳を打ち下ろす。逃げ足早い喜三郎も、いまはただ足腰立たぬ木偶人形、のどの裂けるほど泣きながら、したたか父の制裁を受けねばならなかった。
その腰の痛みも癒えぬうち、ある午後、山へ松葉刈りに追いやられた。山で会った友達とたちまち好きな相撲になる。日の暮れ時も腰の痛みも忘れて熱中し、投げとばされて腰を打った。二重の腰の痛みに刈った松葉も忘れて這うように帰った時は、すでに日は落ちていた。
父が待ちかまえていて、物もいわずに頭をなぐった。暗闇にまぎれて外へ逃げのび、友達の家に隠れた。夜がふけると今度は吉松の方が落ち着かず、家族に内緒で近所の家をたずね歩く。
秋も深まった日曜日の朝、四、五人の友達と山に入った。村の三文侠客大亀の息子太吉が、土のついた薩摩芋をどこからか抱えてきた。
「よう、ええぞ。焼いて食おけえ」
言い出しっぺはいつも喜三郎だ。うきうきして、友らと焚き火の支度をした。風が寒かった。芋を砂地に埋め、その上に枯れ葉や柴を集める。用心のため、まわりの草木をのける。
capelaurig
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8年前にNHK Eテレで放送された表題のYou Tubeがありましたので、是非ともご覧下さい。
アドレスは www.youtube.com/watch?v=WutIflVLlyg&t=1sです。
SNSの大本柏分苑でも発信してます。(アメーバブログ、ライブドアブログ、フェイスブック、ツィッター)ご利用ください。
当方のコメントですが、本部側が学者の安丸良夫さんに監修させて、第
2次事件を<誤解説>に基づいており、『戦後、大本は反省して。。。』のナレーションは怒り心頭です。
事件という言い方自体、弾圧とすべきです。明らかに昭和天皇による皇位継承権が危い為の蛮行であり、大本信者として抗議すべきです。
12月8日は昭和天皇の勝手な都合であり、6年後(1935年 ⇒ 1941年)の太平洋戦争開始は決して、神のプログラムではありません。
聖師の御姿が、映像として見られるのが、唯一の救いです。
P.S.
司馬遼太郎さんの<太郎の国の物語:第6回 明治憲法>も面白いです。こちらもどうぞ。
アドレスはwww.youtube.com/watch?v=H8vj5AN0Ho4&t=2sです。
capelaurig
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