倭の五王(讃、珍、済、興、武)は五人いたと普通は考えられていますが、実は四人しかいなかったようです。珍と済は同一人物だったと思われるからです。
宋書倭国伝では「讃死して弟珍立つ」「済死す。世子興、使を遣わして貢献す」「興死して弟武立つ」と記していますが、珍の死と済の即位は書かれていません。これは珍が済と改名した同一人物だからでしょう。
珍は使持節都督倭百済新羅任那秦韓慕韓六国諸軍事安東大将軍倭国王と自称しましたが、宋から認可されたのは安東将軍倭国王だけでした。珍はこれに不満で、百済の「済」に名前を変えて再度朝貢しましたが、百済の軍事権は最後まで認められませんでした。
この後、倭国は中国から離れて独自の道を歩いていくことになりました。
お読み頂き、ありがとうございますm(_ _)m
宋書倭国伝では「讃死して弟珍立つ」「済死す。世子興、使を遣わして貢献す」「興死して弟武立つ」と記していますが、珍の死と済の即位は書かれていません。これは珍が済と改名した同一人物だからでしょう。
珍は使持節都督倭百済新羅任那秦韓慕韓六国諸軍事安東大将軍倭国王と自称しましたが、宋から認可されたのは安東将軍倭国王だけでした。珍はこれに不満で、百済の「済」に名前を変えて再度朝貢しましたが、百済の軍事権は最後まで認められませんでした。
この後、倭国は中国から離れて独自の道を歩いていくことになりました。
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コメント
コメント一覧 (18)
BBCの特派員にとって、一つの国で10年間を過ごすというのは非常に珍しいことです。日本の文化、日本の人びと、日本の生活様式にいらいらさせられることも確かにありましたが、いかに社会が機能しているか、称賛されるべき点もたくさんあります。日本は「過ち」を犯したのか?
日本は単純な国ではありません。「空気を読む」という表現がありますが、日本人は何を考えているのか、何を感じているのか、米国人や英国人ほどは表に出しません。
海外メディアが日本について書くとき、意味をなさないものが多いと思います。米英のテレビが日本に来る時には、クリシェ(使い古された素材)の取材をします。芸者、自動車、新幹線、アニメ、音楽、映画。でも、私は日本がいかにクリシェ的ではないかを伝えたかった。日本がいかに複雑で、わかりづらくて、もどかしくて、そしていかに魅力的で、すばらしくて。そういうことを説明したかった。
《日本は未来だった、しかし今では過去にとらわれている》。そんな見出しのエッセーですが、日本がどこかの時点で過ちを犯したのかと問われると、そうは思いません。記者として若いころは、なんでも白黒をつけたがった。これは正しくて、これは間違っていると。ただ、世界はもっと複雑で、日本もそうなのです。日本が正しいとか、間違っているとか、そんなことを言いたいわけではありません。日本には良い面がたくさんあり、一方で問題も抱えています。
日本にはすさまじいスピードで前進している時期がありました。日本はいまだにとても裕福な国ですが、たとえば米国やドイツといった国々と比べると、成長のスピードは相当減速しています。ソニーやパナソニック、シャープや東芝など、かつて世界をリードしていた企業も、米国や中国、韓国の企業に取って代わられ、30年前のような企業ではありません。
capelaurig
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経済的、社会的な観点から、日本が直面している最も困難な課題は高齢化でしょう。韓国や台湾、中国、欧州の一部でも高齢化が進んでいます。米国や英国は、移民を大量に受け入れることでこの問題を遅らせています。
日本は移民の受け入れに抵抗があるように見えます。それが良いとか悪いとかではなく、それが日本のした選択です。その結果、高齢者がたくさんいて、若者がほとんどいないような場所がすでに出てきています。新たな産業革命が起こったり、科学技術が出てきたりして、農業や製造業が現在とは別の方法で行われるようになるかもしれません。
1億2500万人の人口が8千万や9千万人になるというのは大きな転換です。高齢者の世話をする人たちの費用をどのようにまかなうのか
日本に限らず、多くの国が変化する方法の一つとしては、世代交代があげられます。韓国や中国を訪れると、「ああ、10年前と比べて劇的に変わっている」と感じます。
日本の一部で、長時間労働をしなくなったり、男性が育児休業を取ったりすることができるようになったのはすばらしいことです。ただ、それでもなお、道のりは長い。私の日本人の友人も「夫は何もしてくれない。私がすべてやらなくちゃいけない」と嘆いています。日本の会社で働くということは、とても大きなプレッシャーであり、あまりにも負担が大きい。欧米では2年休んで子どもを産み、キャリアを再開することができるのに、日本ではキャリアを積もうとすると、家庭を持つことが非常に難しい。日本経済にとって、人材の喪失というほかありません。
capelaurig
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capelaurig
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弾圧のおかげで戦争協力の責任も免れた。そういう歴史的な性格を身につけて、戦後の民主勢力の高まりに応ずる事が出来た大本は、初期の積極的な面を生かして平和・友好と民主主義を強調し、原水爆反対や憲法擁護や中立政策の為に広い民主勢力と共に活動できた。
<経綸説>事件を型であると理解し、神が自己犠牲によって、世界に型を示し人類に警告した。
<誤解説>当局側の大本神諭、霊界物語に対する誤解からおきた事件。治安維持法違反、不敬罪は大本側には意図も犯罪事実もなく、宗教的表現への無理解から。
<必然弾圧説>立教精神に基づき、世の立替え立直しを激しい宗教情熱にもえた宣伝に対する弾圧。おこるべくしておきた。
一つの事件に三つも見解があること自体おかしな話である。当方は昭和天皇の仕業であると結論ずけています
研究者は王仁三郎が戦争を肯定した時期があったとする。<日本が世界平和の実現者であり、世界一家の再編成の為に満蒙の確保が最初の手がかりである。>戦争を肯定し国体を賛美した昭和神聖会そのものだ。これに対して、70年史では<聖師の態度は一貫して戦争の否定と、人類の救済にあった>とする。禁圧されたところに大本の良さがある。無罪になった事を弁解するのでなく、自信と誇りを持つべきだ。。事件によって教団の中の偏狭・閉鎖的が思想が清算され、日本の国も敗戦をへて、はじめて国際性を持った民族国家として門戸が開放された。日本の立替え立直しという信仰的理解(経綸)にもなる。必然説では昭和史をいろどるファシズムの実態と矛盾がはっきりと露呈した。大本の本質は権力の志向する方向とは相容れないものがあり、弾圧で発揮された信仰の光こそ、大本の輝ける伝統がやどされる。
capelaurig
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capelaurig
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capelaurig
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capelaurig
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近代天皇制国家と民衆が原理的に対立するものと設定されている。大本が2度の大弾圧を受けたという事実は、教団が近代天皇制国家における民衆宗教であり続けた証拠である。治安維持法が民衆を抑圧する悪法である以上、違反するのが民衆宗教のあるべき姿である。大本の信仰は人々の怒りを神秘の夢に発散させてしまうと批判されるが、大本事件という経験によって、現実との接点が生まれ、新たな運動の展開が可能になった。戦前の活動は夢なのに、どうして戦後の平和友好・民主主義が現実として認められるのか?最近の忖度政治や無意味なコロナ対策やオリンピック招致が民衆を再び揺り動かしている。
capelaurig
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なおの神がかりで、大本が出現した意義について、現実社会への憤りと救済であり、国祖隠退再現説(艮の金神が押し込められ、世が乱れ世界の立替え立直しの為、再び現れた)を客観的(歴史学)VS 主観的(教義・信仰解釈)に割り振る普遍性に導くには、神の経綸と資本主義の確立という民衆宗教のナラティブになる。世俗主義が広く浸透した現代社会では神話的歴史観を額面通りに受け取らない。神秘的な解釈の内実を言語化し、多層的な現実のありようを構想する。大本は開教以来、現代社会に警告を発し、神示に基づく平和主義・精神を貫く。日露戦争中、出口なおは出修として舞鶴湾に浮かぶ沓島にこもって修行する。戦勝祈願・平和祈願の諸説が存在する。
capelaurig
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習近平って何者なのだ、という思いから免れぬところがあるのだが、そういう思いに留まっていられない。彼は今や中国を支配する権力者であり、強権(極権)者であり、その言動は僕らにも深く影響する。僕らの前で君臨するこの権力者は、中国の統治権力者の二期(10年)という不文律を破り、三期目の統率者として存在する。中国の最高権力者は共産党の総書記である。かつてのソ連邦の最高権力者がソ連共産党の書記のスターリンであったように。この総書記の任期は党規約(憲法よりも重い法的位置を持つ)にはないが、アメリカ大統領が「二期8年」であるように、「二期10年」というのが一応の決まりだった。不文律ではあった。
capelaurig
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