伊勢神宮の内宮では天照大神を祭ります。天照大神は皇祖神で太陽神でもありますが、明治天皇まで歴代の天皇は参拝しなかったと言われています。
実は、参拝したかもしれない天皇が一人だけいました。女帝の持統天皇です。『日本書紀』によると6年(西暦692年)に持統天皇は伊勢国の神郡に行幸しています。
この行幸に従った大臣・石上麻呂(『竹取物語』の「石上まろたり」のモデルと言われています)が『万葉集』の44番に和歌を残しており、大和国を「日本」と表記しています。
持統天皇は伊勢神宮の「式年遷宮」を始めたともされています。それまでは天皇の代ごとに都は移動していましたが、藤原京という恒久的な都を造営しました。結果的に藤原京は僅か16年で平城京に移り、式年遷宮の20年より短命に終わったのは歴史の皮肉です。
お読み頂き、ありがとうございますm(_ _)m
実は、参拝したかもしれない天皇が一人だけいました。女帝の持統天皇です。『日本書紀』によると6年(西暦692年)に持統天皇は伊勢国の神郡に行幸しています。
この行幸に従った大臣・石上麻呂(『竹取物語』の「石上まろたり」のモデルと言われています)が『万葉集』の44番に和歌を残しており、大和国を「日本」と表記しています。
持統天皇は伊勢神宮の「式年遷宮」を始めたともされています。それまでは天皇の代ごとに都は移動していましたが、藤原京という恒久的な都を造営しました。結果的に藤原京は僅か16年で平城京に移り、式年遷宮の20年より短命に終わったのは歴史の皮肉です。
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